クアトロリンガルのLyrics

K-POP, C-POPファン。歌詞の翻訳をします

BTS 防弾少年団 『땡 テン』 歌詞 和訳

땡 テンの意味
 
①金属の鐘が鳴る音・小さい金属の鳴る音の擬音語。鐘がテンテンテンと鳴る、などで使われます。
 お寺などの大きな鐘の場合はデンデンと使います。
 
②間違った返事をした時、日本の「ブーブー」みたいな音で、シロフォンのテン!という音がします。間違った、ダメだ、という意味です。音自体は①から来てます。
 反対の場合は、ディンドンと言います。
 
花札のゲームの中「ソッダ」というゲームで、強い牌を指します。同じ月に該当する牌2枚の時と、グァン(光)の牌2枚で構成されます。
38光テン>18光テン=13光テンで、38光テンはポーカーで例えると、ロイヤルストレートフラッシュです。最強の牌です。
光テン>テン(同じ月の牌が2枚、数字が大きいほど強い)>中間牌>クッの順です。
牌が強い、をクッバルが良いと表現します。
 
④オルム(氷)テンというゲームの単語。鬼ごっごみたいなゲームで、鬼に捕まえられそうになたら、オルム(氷)!と叫び、行動を止めます。動いたら鬼になります。オルム状態から、鬼以外の人がタッチしながらテン!と叫んでくれると、また行動できるようになります。
 
⑤むくんだ時など、硬く張ってある状態の擬態語を(日本語だとパンパン)テンテンと言います。
 
 
 
일팔 일삼 삼팔 땡
18, 13, 38 テン③
 
U wrong me right 잘 봐 땡
U wrong me right よく見ろ、テン②
 
학교종 울려라 brr brr 땡
学校の鐘なれ brr brr テン①
 
야 이번 생은 글렀어 넌 땡
おい、今回の生はダメだよ。お前はテン②
 
 
힙합? 땡
ヒップホップ?テン②
 
Rap style? 땡
Rap style?テン②
 
걍 랩퍼, 땡
ただのラッパー、テン②
 
방탄=땡
BTS=テン②
 
But 현실, bang
But 現実、bang
 
Worldwide, bang
 
차트 위 bang bang, 땡
チャートの上、bang bang、テン①
 
Got money, woo
 
AP, woo
 
좋은 집, woo
いい部屋、woo
 
누군가의 dream life, woo
誰かのdream life, woo
 
How bout you? uh
 
I like you! uh
 
이 성공 uh
この成功 uh
 
네 덕분 uh
お前のおかげ uh
 
웃기지 웃기지? 얘
草生えるだろう?イェ
※イェは、Yehのイエイと、おい、と目下の人を呼びかける時に使われる얘をかけていると思います。
 
어이없이 느끼지? 얘
理解できないだろう?イェ
 
솔직히 지들이, 얘
ぶっちゃけアイツらが、イェ
 
왜 저리 난리인지, 얘
なんであんな騒いでるのか、イェ
 
차분히 생각해, 얘
ゆっくり考えて、イェ
 
시간은 많기에, 얘
時間は多いから、イェ
 
이건 숙제야 숙제, 얘
これは宿題よ宿題、イェ
 
못 풀면 네 문제는, 땡
解けなかったらお前の問題は、テン②
 
일팔 일삼 삼팔 땡
18, 13, 38 テン③
 
U wrong me right 잘 봐 땡
U wrong me right よく見ろ、テン②
 
학교종 울려라 brr brr 땡
学校の鐘なれ brr brr テン①
 
야 이번 생은 글렀어 넌 땡
おい、今回の生はダメだよ。お前はテン②
 
일팔 일삼 삼팔 땡
18, 13, 38 テン③
 
U wrong me right 잘 봐 땡
U wrong me right よく見ろ、テン②
 
잠깐만 멈춰봐 얼음 땡
ちょっと止まって、オルムテン④
 
야 이번 생은 글렀어 넌 땡
おい、今回の生はダメだよ。お前はテン②
 
 
テン
 
음.. 내가 보기엔 너네는 땡
うーむ、俺が見るにお前らはテン②
 
우리 모두가 땡
我々みんながテン②
 
누가 끗발이 좋던 간에
誰のクッバルが良いにしろ
 
나는 땡 전혀 상관 안 해
俺はテン全く気にしない
 
Hunnit bae hunnit bar hunnit bbae hunnit bae 땡
Hunnit bae hunnit bar hunnit bbae hunnit bae テン
 
이 음악은 똥이야 bae
この音楽はクソだ bae
 
배알 꼴리겠지만 bae
腹に障るだろうけど bae
 
 
니 주장이 다 맞아 bae
お前の主張が全部あってる bae
 
우린 망해가고 있네
俺らは潰れてる
 
빌보드 니 덕분이야 bae
ビルボードお前のおかげさ bae
 
우리 위 아무도 없네
我々の上に誰もいない
 
우린 망해가고 있기에 thanks
我々は潰れていくから thanks
 
고맙다 고맙다 고맙다
ありがとう ありがとう ありがとう 
 
여지껏 무시해줘 고맙다
今まで無視してくれてありがとう 
 
덕분에 스타디움 돔 빌보드
おかげでスタジアム ドーム ビルボード
 
많은 것을 덕분에 많이도 얻었다
多くのものをおかげて多くも得られたよ
 
작은 회사 친구들아
小さい会社の友よ
 
너네가 곧 대기업이 되길
お前らがすぐ大企業になれますように
 
우린 앞으로 바람대로 또 망할테니
俺らはこれからもお前らの望み通り潰れていくから
 
계속 걱정해주길
ずっと心配してくれよ
 
クッ
(花札のクッに、同音語の終わり끝もかけたと思います)
 
 
일팔 일삼 삼팔 땡
18, 13, 38 テン③
 
U wrong me right 잘 봐 땡
U wrong me right よく見ろ、テン②
 
학교종 울려라 brr brr 땡
学校の鐘なれ brr brr テン①
 
야 이번 생은 글렀어 넌 땡
おい、今回の生はダメだよ。お前はテン②
 
일팔 일삼 삼팔 땡
18, 13, 38 テン③
 
U wrong me right 잘 봐 땡
U wrong me right よく見ろ、テン②
 
잠깐만 멈춰봐 얼음 땡
ちょっと止まって、オルムテン④
 
야 이번 생은 글렀어 넌 땡
おい、今回の生はダメだよ。お前はテン②
 
 
캐셔 계산 소리 땡
レジの会計音 テン①
 
어릴 적 좋아함 얼음땡
幼い頃好きだった オルムテン④
 
난 딩동, 넌 땡
俺はディンドン、お前はテン②
 
넌 7끗, 난 땡
お前は7クッ、俺はテン③
 
라면 먹고 잔 얼굴 땡
ラーメン食べて寝た顔テン⑤
 
떨거지들 두욜땡
落ちこぼれども Do your thang
 
날 봐 난 니 errthang
俺を見ろ 俺はお前の errthang
 
니가 쩔어? 멋져? 개얼탱..
お前がすっげえ?かっけえ?呆れる
※呆れる 어이가 없다の俗語である얼탱이가 없다 オルテンイガオプダ のまた俗語で、犬개を単語の前につけることで、ネガティブな意味を強調する単語
 
너무 어 얼 탱이가 없어 말을 더 더 더 듬어도
あまりにも あ呆れて 言葉が たたたどたどしくても
 
양해르 조 좀 바랄게 내가 말주 벼 변이 좀 부족해
り理解をし してほしい 俺 ちょ ちょっと口下手なのよ
 
그래도 도 말은 바로 로 로 하려는데 입이 자꾸 비뚤 어 어 어 지네 너무 조 조 조 좋아서 서 너무 좋아서 서
でも 言葉は た正しく ししようと してるのに 口がずっと ま曲がってしまう あまりにも よ良くて あまりにも よ良くて
 
헤이러도 없는 랩퍼들은 좀 닥쳐
Haterもないラッパーたちはちょっと黙れ
 
너의 헤이러가 어딨어
お前らのHaterがどこにいる
 
눈씻고 세수한 뒤 거울을 봐
目をこすって顔を洗ってから鏡を見ろ
 
거기 숨쉬는 바로 너의 헤이러
そこに生きているまさにお前のHater
 
우린 셀럽보단 celebrate
我々はセレブより celebrate
 
오직 엑셀 no break
ただアクセル no break
 
니가 뭔데 날 인정해
お前が何様で俺を認めるのよ
 
이름값 하는 개구리들
ネームバリューがあるらしい蛙ども
 
우물 안에 죽기를
井戸の中で死んでしまうように
 
간절히 기도할게
切実に祈るわ
 
テン
 
 
일팔 일삼 삼팔 땡
18, 13, 38 テン③
 
U wrong me right 잘 봐 땡
U wrong me right よく見ろ、テン②
 
학교종 울려라 brr brr 땡
学校の鐘なれ brr brr テン①
 
야 이번 생은 글렀어 넌 땡
おい、今回の生はダメだよ。お前はテン②
 
일팔 일삼 삼팔 땡
18, 13, 38 テン③
 
U wrong me right 잘 봐 땡
U wrong me right よく見ろ、テン②
 
잠깐만 멈춰봐 얼음 땡
ちょっと止まって、オルムテン④
 
야 이번 생은 글렀어 넌 땡
おい、今回の生はダメだよ。お前はテン②

华晨宇 『花火の灰』 歌詞 和訳 韓訳

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烟火里的尘埃

불꽃놀이의 재

花火の灰

 

看着飞舞的尘埃 掉下来  

저기 흩날려 떨어지는 먼지를 봐

そこに飛び舞う灰を見る

 

 没人发现它存在 多自由自在  

아무도 존재를 알아채지 못했어. 정말 자유로워.

誰もその存在に気づかない故に、とても自由自在

 

可世界都爱热热闹闹 容不下 我百无聊赖  

그렇지만 세상은 시끌벅적한 것을 좋아해서 내가 조용히 있는 것을 내버려두지 않아

しかし世界は騒がしいことを愛し、僕の静かさを許さない

 

不应该 一个人 发呆

혼자 멍하니 있으면 안되는걸까

一人でぼーっとしているとダメなの

 

只有我 守着安静的沙漠   等待着花开

나혼자 고요한 사막 곁에서 꽃이 피기를 기다려

僕一人静かな砂漠で花が咲くのを待つ

 

只有我 看着别人的快乐   竟然会感慨

나혼자 다른 사람의 즐거움을 보며 기뻐해

僕一人他人の楽しさをみて感慨に浸る

 

就让我 听着天大的道理   不愿意明白

하늘의 뜻을 듣고도 이해하고 싶지 않은 나를 내버려둬

天の意志を聞いても理解したくない僕をほっといて

 

有什么 是应该 不应该  

뭘 해야 하고 하지 말아야 하는걸까

何故やるべきでやらざるべきなの

 

我的心里住着一个 苍老的小孩

내 마음 속에는 한명의 애늙은이가 살고있어

僕の心の中には一人の若年寄が住んでいる

 

如果世界听不明白 对影子表白  

세상은 그림자의 말은 알아듣지 못하니까

世界は影の言葉がわからないから

 

是不是只有我 还在问 为什么 明天更精彩 

나 혼자만 아직도 왜 내일이 더 멋있어야하는지 묻고 있는걸까?

未だなぜ明日がもっと素敵なのか聞いているのは僕一人だけなの

 

烟火里 找不到 童真的残骸

불꽃놀이 속에서 천진함의 잔해를 찾지 못했어

花火の中で純真の残骸は探せなかったよ

 

只有我 守着安静的沙漠   等待着花开

나혼자 고요한 사막 곁에서 꽃이 피기를 기다려

僕一人静かな砂漠で花が咲くのを待つ

 

只有我 看着别人的快乐   竟然会感慨

나혼자 다른 사람의 즐거움을 보며 기뻐해

僕一人他人の楽しさをみて感慨に浸る

 

就让我 听着天大的道理   不愿意明白

하늘의 뜻을 듣고도 이해하고 싶지 않은 나를 내버려둬

天の意志を聞いても理解したくない僕をほっといて

 

只有我 就是我 好奇怪    

나혼자 나만 이상하지?

僕一人、僕だけ、おかしいでしょう

 

还在感慨 风阵阵吹过来 为何不回来  风一去不回来 悲不悲哀 

아직 기쁨에 젖어있어 (바람이 불어와) 왜 다시 돌아오지 않는 걸까? (한번 지난 바람은 돌아오지 않아) 슬프지 않아? 

まだ感慨にふけている(風が吹いて来る) なぜまた戻って来ないの (過ぎた風は戻って来ない) 悲しくない?

 

麻木得那么快 应不应该   能不能慢下来

저렇게 빠른 것을 느끼지 못해. 그렇지 않아? 조금만 더 느리게는 안될까?

あんな速さには慣れていない。そうでしょう?もう少し遅くはだめ?

 

笑得开怀 哭得坦率  为何表情 要让这世界安排

진심으로 웃고 솔직하게 울어. 왜 세상이 정해준대로 감정을 표현해야해

心から笑い 率直に泣く。なぜ世界が決めた通りの顔をしなくちゃいけないの

 

我就是我 我只是我  只是一场烟火散落的尘埃

나는 나고 그저 나인데 그저 저기 불꽃놀이의 재일 뿐인데

僕は僕で、ただの僕なのに。ただそこの花火の灰なのに

 

风阵阵吹过来  风一去不回来  能不能慢下来

(바람이 불어와)  (한번 지난 바람은 돌아오지 않아)  (조금만 더 느리게는 안될까?)

(風が吹いて来る) (過ぎた風は戻って来ない) (もう少し遅くはだめ?)

 

玄鎭健(ヒョン・ジンゴン) 『運の良い日』 短編小説 和訳

著者死後50年以上経っているパブリックドメインの作品でしたので、翻訳してみました。
原文:https://ko.wikisource.org/wiki/%EC%9A%B4%EC%88%98_%EC%A2%8B%EC%9D%80_%EB%82%A0

 

つんと曇っている様子が雪が降りそうな感じがしたが、雪は降らずに凍りかけの雨がじめじめと降ってきた。
この日こそ、東小門前で車夫をしていたキム・チョムジには久方ぶりに訪れた運の良い日だった。都城内(そこも城外ではなかったが)に入るという隣の奥方を電車駅までお送りしたことを皮切りに、もしや客がいるかと停留所でウロウロしながら降りてくる人一人一人に縋るような視線を送っていたら、ちょうど教員みたい背広の人を東光学校まで送ることになった。
初客に30銭、次は50銭ー朝っぱらから珍しいことだった。それこそついてなさすぎて10日ほどお金を見たことすらないキム・チョムジとしては10銭の白銅貨3枚、または5枚がチャリンと掌に落ちる時、涙が出るほど嬉しかった。しかも今日この時にこの80銭というお金が彼にとってどれほど役に立つだろうか。乾いた喉を濁り酒で潤わせることもできる上、それより病んでいる妻にソロンタンを一杯買ってあげられるのだ。
妻が咳き込み初めてもはや1ヶ月余りが経った。粟飯すら食べられる日より飢える日が多い家計で、薬はもちろん一度も飲ませたことがない。あえて薬を買おうとすれば買えないこともないだろうが、彼はその病というやつに薬をあげて送り出すと、味をしめた奴がずっと来るという自分自身の信条をあくまでも信じ込んでいた。従って医者に診てもらったこともないので、どんな病なのかも分かりかねるが、寝たきりで起きるどころか寝返りも打てない様子を見ると重症は重症らしい。ここまで酷くなったのは、10日前粟飯を食べてもたれてしまったからだ。
その時も、キム・チョムジが久しぶりに稼ぎができて、粟1マスと10銭分の薪1束を買ってあげたら、キム・チョムジの感想に夜と、そのクソ女があたふたと鍋に煮出した。心ばかり急いでしまって、火も通ってないそれをくそ女がスプーンはやめて素手で握りしめて両ほっぺが拳みたいに膨らむほど、誰かが奪いにでも来るように口に突っ込み入れてたら、その夜から胸焼けがする、お腹が苦しいと眼を回しながら癲癇し始めた。そこでキム・チョムジは狂ったように怒り出し、
「えいっ、クソ女、福がないのは仕方ないんだ。飢えて病になるし、食べても病になるし、どうしろっていうんだ。なぜ目をちゃんと合わせられない」と、キム・チョムジは病人の頰を叩いた。目は多少合わせられるようになったが、涙が見えた。キム・チョムジの目頭も熱くなった。
この病人がそれでも飽きなかったのか、3日前からソロンタンの汁が飲みたいと旦那にせっついた。
「この馬鹿めが!粟飯すら食えない奴がソロンタンは、また食っては発作でもしようと」と、怒り出してもみたが、買って上げれない気持ちは、楽にはなれなかった。
やっと、ソロンタンを買ってあげれる。病の母の隣でお腹が空いたと泣き出すゲトンイ(3歳児)におかゆを買ってあげれる。ー80銭を握りしめたキム・チョムジの気分は空にも登れそうだった。しかし、彼の幸運はそこで止まらなかった。汗と雨水が混ざって流れる首筋を油袋が尽きた木綿で拭きながら、その学校の門を出ていたところだった。後ろから『人力車!』と呼ぶ音がした。自分を止めた人がその学校の学生だとキム・チョムジは一目でわかった。その学生ははなから『南大門停留場までいくら?』と聞いてきた。
多分その学校の寮に住んでいる人で、冬季休みで実家に帰るつもりだろう。今日行こうとしたが雨は振り出し、荷物はあるのにどうしようとしたところで、キム・チョムジを見て走り出してきたのだろう。さもなければ何故靴をきちんと履かずに引きずっては、たとえ譲り受けたのか自分の体には合ってないものでも背広を着てるのに、傘もささずに雨に降られながらキム・チョムジを呼びかけたのだろう。
ーーー
「南大門停留所までですか」と、キム・チョムジは言葉を間を置いた。それはこの土砂降りの中にあの遠方までじゃぶじゃぶと行きたくはないからだろうか?最初の、2回目のでもう満足したから?いや、決して違う。おかしくも相次ぐこの幸運の前に戸惑ってしまったからだ。そして家を出る時に聞いた妻の頼みが心を重くした。隣の奥方から呼ばれた時、病人はその骨しか残ってないような顔に唯一生き物みたいな珍しい大きさの凹んだ目に哀願の眼差しをしては『今日は出ないで。お願いだから家にいて。私がこんなに苦しんでいるのに……』、聞こえないぐらい小さい声で呟いては息を荒くした。
その時、キム・チョムジは大したこともないと言わんばかりに、『こら、役立たずが、わけわからんことばかり言いやがって。お手手握り合っていると、誰かがご飯を食わせてくれるんか?』と、飛び出ようとしたら、病人は掴もうとするのか腕を振りながら、『今日は家にいてってば...だったら早く帰ってきて」と、詰まった声が続いた。
停留所までと言う言葉を聞いた途端、痙攣しているように震えている手、目立つ大きさの目、すぐにでも涙を流しそうな妻の顔がキム・チョムジの目の前をよぎった。『で、南大門停留所までいくらよ』と、学生は焦り出したように、車夫の顔を見つめながら独り言のように、『仁川行きが11時と、次は2時だっけ』と呟いた。
「1円50銭でいかがです」この言葉が自分も気づかないうちに、キム・チョムジの口から出た。自分の口から発した言葉なのに、自らもその恐ろしい額にびっくりした。一気にこんな金額を口に出したことは、いつぶりだろう!そしてそのお金を稼ぎたい勇気が、病人への心配を消してしまった。まさか今日中にどうにかなるだろう、と思った。何があっても、第一、第二の幸運を掛け算したことよりも尚更倍以上大きいこの幸運を逃すわけにはいかないと思った。
「1円50銭は高すぎると思うのだが」こう言いながら、学生は首を傾げた。
「そんなことございません。里数を考えると、ここからそこまで4・5里は超えます。また、こんな雨の日には割増して下さらないと」と、ニヤニヤと笑う車夫の顔には隠せない喜びが溢れ出した。
「じゃぁ、その通り支払うので早く行きましょう」寛大な幼い客はそんな言葉を残して、そそくさと着替え、荷物をまとめるために部屋へと戻った。
その学生を乗せてはキム・チョムジの足元はおかしいほど軽かった。走るといより、飛んでいるような感覚だった。車輪もなんだか早く回るというよりは、まるで氷上を滑る【スケヱト】のように滑り出しているようだった。道は凍った上、雨まで降っているので滑りやすくはなっていたが。
やがて引きずる者の足が重くなった。家の近くに来てしまったためだ。今更の心配が彼の胸を締め付けた。『今日は出ないで。私がこんなに苦しんでいるのに……』という言葉が耳元で鳴り出した。そして病人の凹んだ目が恨んでいるように自分を狙っている感じがした。そしてゲトンイの鳴き声が聞こえるようだった。ひく引くと息が詰まった音が聞こえるような感じがした。「なんだ、汽車を逃してしまう」と乗った者の焦った叫びがやっと彼の耳に聞こえた。ふと気がついたら、キム・チョムジは人力車を握ったまま、道端に止まっていたのではないか。
「はい、はい」と、キム・チョムジはまた走り出した。家が遠くなるにつれ、キム・チョムジの足元はまた楽しくなっていった。足を早く動かせば、耐えなく頭に浮かんでくる全ての不安と憂いが消え去るかのように。
停留所まで送ってから、驚きの1円50銭を自分の手に握りしめると、自分で言った通り10里にもなる道を雨に打たれながらびしゃびしゃと走ってきたことなど頭になく、ただででももらったかのようにありがたかった。成り金にでもなったかのように嬉しかった。自分の息子ぐらいにしか見えない客に何度も腰を曲げて「言ってらっしゃいませ」ときっちり挨拶をした。
しかし空の人力車をカラカラとこの雨の中に戻っていくことは考えてなかった。労働で流した汗が冷めると、植えた胃袋から、ずぶ濡れの服からじわじわと寒気が襲ってきて、1円50銭がどれほど良くて、どれほど辛いものか切々と沁みてきた。停留所を離れる彼の足元には全く力がなかった。全身から力が抜け、直ちにその場に倒れて起きれなさそうだった。
「くそったれ!こんな雨に打たれながら空の車をガラガラと戻っていくのかよ。クソ雨はなんで他人の顔を投げてくる!」
彼は怒り出し、まるで誰かに反抗するかのように叫んだ。その頃、彼の頭には新たなひらめきがあり、それは『こうやって戻るんじゃなくて、この辺りを徘徊しながら汽車を待ったらまた客を乗せられるかもしれない』という考えだった。今日は運がおかしいほど良いから、そんなまぐれがまたないとも思えない。相次ぐ幸運がまるで自分を待っていると賭けをしても良いぐらいに信じ込んでしまった。だとしても、停留所の車夫が怖くて、停留所の前に止まるわけにはいかなかった。
しかし彼は前にも何回かやったことがあるため、停留所前の電車駅から少し離れた、人が通う道と電車路の間に車を停めておいて、自分はその周りを徘徊しながら状況を探ることにした。やがて汽車は到着し、数十人にもなる客が停留所から流れ込んできた。その中でも客を物色するキム・チョムジの目には洋髪に踵の高い靴を履いて、【マント】まで羽織った、売れない遊女か、あばずれの女学生かと思われる女性の姿が目に付いた。彼はそっと彼女の側に近づいた。
「お嬢様、人力車はいかがでしょう」
その女学生か何かは、当分余裕げに偉ぶるような顔で口を開けずに、キム・チョムジを見ぬふりをしていた。キム・チョムジは物乞いのようにずっと気配を探りながら、「お嬢様、停留所の奴らよりずっとお安くお送りいたします。お宅はどの辺りでしょうか」と、気さくげにその女性が持っていた和風柳行李に手を伸ばした。
「なんなの?めんどくさい」声を雷みたいに上げては、そっぽ向いてしまう。キム・チョムジはあれれと後ずさった。
電車が来た。恨めしくも、キム・チョムジは電車に乗る人を狙っていたのだった。しかし彼の予感は間違いなかった。電車がぎゅうぎゅうに人を引き詰めて動き始めた時、乗り切れなかった客が一人いた。結構大きめのカバンを持っているのを見ると、多分混み合っている車両の中で荷物が大きすぎると車掌から追い出された雰囲気だった。キム・チョムジは側に行った。
「人力車乗りませんか」
しばらく料金で口論をした末、60銭で仁寺洞まで乗せていくことになった。車が重くなった途端、彼の体はおかしいほど軽くなり、やがて車が軽くなった途端、体が重く、それにどこか焦ってくる。家の状況が目の前にぶら下がり、もう幸運を願う余裕もなくなった。木片みたいに、もはや自分のでもないように感じてくる足を呪いながらずっと走るしかなかった。
ーーーー
あんな酔っ払った車夫がこんな雨にどうやって帰ろうとしてるの、と道端ですれ違った人々が心配をするほど、彼の足は焦っていた。曇った雨の空は薄暗く、もう黄昏時みたいだった。昌慶苑の前に辿り着いてから彼は息をついて、ゆっくり歩き始めた。一歩、一歩と家が近くなるにつれ、彼の心はやけに穏やかになった。しかしこの穏やかさは安堵から来たのではなく、自分が襲われた恐ろしいほどの不幸を知り尽くす時が目の前に来たことを恐れる心からきたものであった。
彼は不幸に辿り着く前の時間を少しでも稼ごうとモゾモゾし始めた。奇跡に近い儲けができたという喜びをできる限り長く楽しみたかった。彼はウロウロ四方を見回った。その姿はまるで自宅ー即ち、不幸に向けて走っていく足を自分ではどうしようもないから誰でも引き止めて、救ってくれとばかり叫んでいるようだった。
そんなところ、偶然道端の居酒屋から彼の友人、チサムが出てきた。彼のシワシワと太った顔は酔いで赤く染まって、顎から頬までをヒゲが覆っており、黄色く痩せきって、溝も深く顎の端っこに松葉のようはヒゲが数本生えているキム・チョムジの姿とは奇妙に対照的であった。
「おい、キム・チョムジ、君門内に入って着たところだろう?稼いだはずだしこっちで一杯しないか」
デブがガリを見たとたん叫んだ。彼の声は体型とは違って、優しく親切だった。キム・チョムジはこの親友に出くわしたのがこれほども嬉しいとは思わなかった。命を救ってくれた恩人なんかみたいにありがたくもあった。
「君はすでに飲んでいたようね。君も今日の稼ぎがよかったのかい?」と、キム・チョムジは満面に笑みを見せた。
「こら、稼ぎがなくても飲めないことはないだろう。ところで左半分がまるで水風呂にでも浸ったかと思うぐらい濡れてるな。早くこっちにきて乾かしなよ」
居酒屋の中はポカポカして暖かかった。秋魚湯を沸かしている釜の蓋を開けるたびにふんわりと浮かぶ白い蒸気、網の上で焼かれていくトクカルビや肉やレバー焼きやホルモンに干しダラやチヂミ…がごっちゃに並べられているテーブルを前にキム・チョムジは急に飢餓感を感じた。そこにある全てを食べ尽くしても足りない気分だったが、とりあえず飢えた者は量の多いチヂミ二つと秋魚湯を一杯頼んだ。
空の腸は食べ物の味みをした途端どんどん空腹を感じ、もっともっと運べと言っているようだった。一瞬で豆腐とドジョウの入った湯を水のように飲んでしまった。3杯目を受け取った時には大盛りのマッコリ二杯もきた。チサムと一緒に飲むと、長らく空いていた胃袋がピリピリと刺激され、顔が火照った。大盛りをもう一杯飲んだ。
キム・チョムジの目はすでに焦点を失い始めた。焼き網に置いてあった餅二つを適当に切り、頬を頬張りながらまた大盛り二杯を水のように飲み干した。
チサムは驚いたようにキム・チョムジを見ながら、「おい、まだ飲むのか。もう4杯めで、金では40銭だぞ」と注意した。
「こいつめ、40銭がなんだと言うんだ。今日はすごい稼ぎだったんだ。強運だったんだよ」
「それでいくらを稼げたんだ?」
「30円を稼いだんだ。30円を!チクショウ、なんで酒をくれないんだ?良いぞ良いぞ、全部食べても構わない。今日山ほどお金を稼げたのに」
「あ、もう酔っ払ったのか。やめよう」
「おい、これっぽっち飲んだだけで酔う俺かよ。もっと飲もう」とチサムの耳を引っ張りながら酔っ払いが叫んだ。そして酒を飲んでいる15歳ぐらいの坊主頭につっかかり、「この野郎、なんで酒を注いでくれないんだ」と怒鳴った。坊主頭はひひっと笑い、チサムと視線を合わせ、質問しているような気配を見せた。酔っ払いがそれに気づき怒り出し、「このくそったれどもが、金がないとでも思ってるだろ」と叫びながら腰のところを探り、一円札を坊主頭の面前に握り出した。その勢いでいくつか銀銭が何枚落ちてきた。
「おい、お金が落ちたぞ。ぞんざいに扱うんじゃない」こんなことを言いながら、一変落ちた金を拾う。キム・チョムジは酔っ払った中でもお金の行方を探しているかのように目を見開いて地面を眺めてはいきなり自分がやっていることがあまりにも汚らわしいと言わんばかりに首をふりもっと声を上げては「ほらみろ、この汚いやつどもめ。これでも俺に金がないか?足の骨を折っても気が済まないね」とチサムが拾ってくれたお金をもらい、「このかねったれが!くそったれったお金が!」と暴れる。投げられたお金はまた酒を温めているヤカンに落ち、正当な罰を受けていると言うようにカランと泣き出した。
大盛り二杯は注ぐ間も無く消えていった。キム・チョムジは唇とヒゲについたお酒を吸ってから満足げにその松葉ヒゲを撫でながら、「次も注げ、次も」と叫んだ。
また一杯飲み干してからキム・チョムジはチサムの肩を叩き、ふと笑い出した。その笑い声が大きすぎて、居酒屋のみんなの目がキム・チョムジに向かった。笑った者はもっと笑い出しながら、「おいチサム、俺が笑える話を一つしようか。今日客を乗せて停留場まで行ったんだよ」
「それで」
「行って、空のまま戻るには勿体無くて。それで電車停留場でうろうろしながら客を一人載せようとしたんだ。そこでちょうどマダムだかお嬢だかがー最近アバズレとお嬢の見分けがつかなくってー『マント』を纏っては雨に振られて立ってたんだよ。こっそり近づいて人力車乗りませんかと手荷物をもらおうとしたら、俺の手を振り切っては『なんなの?めんどくさい』と。まるで鳥のさえずり声だった!はっは」
キム・チョムジは妙にもまるで鳥のような声を出した。みんなが一斉に笑った。
「けち臭いちゃっかり女。誰が手を出そうとでもしたのか?『めんどくさい』貧のない声」
笑い声が大きくなった。しかしその笑い声が消える前、キム・チョムジはしくしくと泣き始めた。
チサムは呆れた顔で酔っ払いを見ながら、「さっきまでは狂ったように笑い出して、なぜまた泣くのか」
キム・チョムジは鼻をすすりながら「女房が死んだんだ」
「何?奥方が亡くなった?いつ?」
「こいつ、いつはいつよ、今日」
「酔っ払いが、嘘だろ」
「嘘は何が嘘よ。本当に…家内の死体をほっといて酒をがぶ飲みしている俺なんか死ねばいいのに、死ねば」とキム・チョムジはわんわんと音を出して泣いた。
チサムは多少興が冷めた顔で、「もう、こいつったら本気なのか嘘なのか。だったら家に行こうよ」と泣きじゃくっている者の腕を引っ張った。
チサムの腕を振り払ったキム・チョムジは涙が滲んだ目で満面に笑みを浮かべた。
「お亡くなりは誰が亡くなったっていうのか」と意気揚々。
「死ぬどころか、しつこく生きているわい。あのクソ女がご飯をなくしているほどだよ。俺に騙されやがって」と子供みたいに拍手をしながら笑う。
「こいつめ、本当に気でも狂ったか。俺も奥方が病という噂は聞いたんだ」と、チサムもある程度不安を感じているかのようにキム・チョムジに帰宅を進めた。
「死んでない。死んでないってば」
キム・チョムジはイラッとして確信に満ちた顔で声をあげたが、中には死んでないということを信じようとする気配があった。やがてにはピッタリ一円分まで大盛りを飲み干して出てきた。雨は依然として降っていた。
ーーーー
キム・チョムジは酔いの途中でもソロンタンを買って家についた。家と言えども、もちろん借家だし、また丸々借りたわけでもなく、本邸と離れている部屋を一つ借りただけで、水を汲んでくる仕事をしながら月一円を出していた。もしキム・チョムジが酒気をまといなかったら、一歩大門をくぐり抜けた時にそこを支配している恐ろしいほどの静寂ー嵐が過ぎた後の海みたいな静寂に足が震えただろう。
ゴホッゴホッと咳き込む音も聞こえてこなかった。ゴロゴロする息の音も聞こえなかった。ただこの墓場のような沈黙を遮るー遮るというより一層沈黙を深め不吉にさせるムッとした深い音、子供が乳を吸っている音が聞こえてくるだけだった。もし聴覚が敏感な人ならその吸っている音は吸っているだけで、ゴクゴクと喉を通る音はしなかったので出て来ない乳を吸っていると察したかもしれない。
もしくは、キム・チョムジはすでにこの沈黙を想定いたかもしれない。出なかったら門を潜ったところでいきなり「このクソ女、旦那が帰ったのに顔すら出さない。この女め」と怒鳴り続けたのが怪しい。この怒鳴りこそ自分の身を襲ってくる恐ろしい気配を追い出そうとする空威張りだったわけだ。
とにかくキム・チョムジは部屋の門をガラッと開けた。吐き気がするほどの臭気ーボロボロの蘆の茣蓙下から出てくる埃の匂い、洗ってないオムツからする小便と糞の匂い、色とりどりの服の匂い、病人の汗が腐った匂いが混ざった臭気が鈍ったキム・チョムジの鼻を刺した。
部屋に入りながらソロンタンを置いておく間もなく、酔っ払いはありったけの声を上げた。
「このクソ女、昼夜を問わず寝込んでばかりいると良いか?旦那が来ても起きようともしない」と言いながら、足で寝込んだ者の頭を蹴った。しかし足に引っかかったのは人の肉ではなく、木の破片みたいな感じがあった。吸っている音がアンアンと泣き出す音に変わった。ゲトンイが吸っていた乳を離して泣き出した。泣き出したと言っても、全顔をしかめて、泣いている表情をしているだけだった。アンアンという音も口から出しているわけではなく、まるで腹のなかから出ているようだった。泣いて泣き出しては喉も潰れ、もうなく気配もなくしたようだった。
足で蹴ってもその甲斐がないのを見て、旦那は妻の頭の元に走って来てそれこそ散髪になっている患者の髪の毛を握って降りながら、「この女、声を出せよ!口がくっついてしまったか、このクソ女!」
「…」
「あれれ?何も喋らない気か?」
「この女、死んだのか?なぜ何も話さない」
「…」
「ううん?また返事がない。本当に死んだのか」
やっていた途中、寝ている者の上を向いている目を見ては、「この目!この目!なんで俺を見ずに天井だけ見てる、うん?」という言葉の最後には水気があった。そして生きている者の目から落ちた涙の塊が死んだ者のこわばっている顔を潤した。ふとキム・チョムジは狂ったように自分の顔を死んだ者の顔に擦り付けながら呟いた。
「ソロンタンを買って来たのになぜ食べれないんだ、なぜ食べれないんだ…今日はおかしいほど!運が良かったのに…」

玄鎭健(ヒョン・ジンゴン) 『酒を勧める社会』 短編小説 和訳

著者死後50年以上経っているパブリックドメインの作品でしたので、翻訳してみました。
原文:https://ko.wikisource.org/wiki/%EC%88%A0_%EA%B6%8C%ED%95%98%EB%8A%94_%EC%82%AC%ED%9A%8C

 

「あちゃ」、一人で縫い物をしていた妻は顔をちょっとしかめて細く鋭い音で叫んだ。針先が左手親指の爪の下を刺したからだ。その指は軽く震え、白い爪の下にさくらんぼ色の血が透けて見えた。
それを見る間もなく妻はすぐ針を取り、違う手の親指でそっとその傷を押していた。そうしながらやっていた縫い物を肘で大切に押して遠ざけた。やがて押していた手を話して見た。その辺りはもう血が通ることもないように血色がないように見えたが、その白い蓋の下から再び花の汁が少し、少しと押し寄せてくる。
見え隠れするその傷から粟の粒みたいな血の雫がほとばしってくる。また押さないといけない。ここまで押したらその傷穴が塞がったかと手を離すとまた間もなく血が出てくる。
もう布のハギレで結んでおくしかない。その傷を押したまま彼女は裁縫箱に目をやった。そこに使えそうなハギレは糸巻の下にある。その糸巻を押し出してハギレを両小指で挟んで出そうとしばらく奮闘した。そのハギレはまるで糊付けされたかのように箱の下にくっついて取れそうにもない。二本の指は虚しくそのハギレの上を掻いているだけだった。
「なぜ取れない!」
彼女はやがて泣いているかのように声をあげた。そしてそれを取ってくれる人はいないかと部屋の中を見渡した。部屋はガラリと空いていた。誰もいない。深閑とした虚影のみ彼女を囲んでいた。外からも何の音も聞こえてこない。
時々ポンポンと落ちる水道の雫の音だけが寂しく聞こえてくるのみ。ふと電気の光が光彩を加えてくるようだった。壁にかかった掛け時計の鏡がキラリとしており、新たな点を示そうとする短針が脅すかのように彼女の目を刺してくる。彼女の旦那はその時間までも戻ってこなかった。
ーーーー
妻になり旦那になってからはもうしばらく経ったことだ。既に7~8年も経った頃だろう。しかし一緒に過ごした日を数えようとすると、1年になるか否かのようだ。彼女の旦那がソウルで中学校を卒業したての頃に彼女と結婚し、すぐ東京へ留学したためだ。
そこで大学まで卒業した。この長い年月の間妻はどれほど苦しく寂しかっただろう!春なら春、冬なら冬、花の笑みをため息で迎え、氷のようなまくらを熱い涙で温めていた。体が痛む時、心が寂しい時、どれほど彼が恋しかっただろう!
しかし妻はすべての苦労を歯を食いしばって乗り切った。乗り切っただけではなく、甘んじて受け入れた。それは旦那が帰って来たら!という考えが彼女を慰め、勇気を与えた体。旦那が東京で何をやっているのだろう?勉強をしている。勉強とは何か?よくわからない。わかる必要性もない。
とにかくこの世の中で一番良いもので、貴重な何かのようだ。まるで昔話に出てくる打ち出の小槌のようなものかと思っている。服を望めば服が、食べ物を望めば食べ物が、お金を望めばお金が出て来て…自分が求める何かを願うとなんでも叶えてくれる何かを、東京から得て帰ってくるだろうと思っていた。
たまに遊びに来る親戚がシルクの服を着ていることや黄金の指輪をしていることを見るとその場すぐは羨ましがってもいたが、後からは『旦那が帰って来たら…』とそれを軽蔑する視線を投げた。
ーーーー
旦那が帰って着た。一ヶ月も、二ヶ月も過ぎていく。旦那がやっている行動が自分の期待していたものとは少し背馳しているように感じた。勉強をしていない人と比べ、何一つ違うところがなかった。いや、違うと言えば一つだけあった。他の人は金を稼ぐのに、旦那は家の金を使っている。そうしながら忙しく出回る。家に帰ると夢中で本を読んだり、夜中まで何かを書いたりしていた。
『ああするのが本当に小槌を作ることみたい』
妻はこう解釈する。
また二ヶ月が過ぎていた。旦那がやっていることはいつも同じだった。もう一つ加わったのは、時々深いため息を付くことだった。そして何か憂いでもあるかのように顔が晴れる日がない。体は日々衰えていく。
『何か心配事でもあるのかな』
妻はそれに連れて心配をするようになった。そしてその痩せた者を補おうと努力した。できる限り彼の食卓に美味しいおかずを乗せ、そして煮込みのようなものも作った。その甲斐もなく、旦那は食欲がないといいそれらをよく食べもしなかった。
また数ヶ月が過ぎていった。もう出入りを絶えてずっと家に居座っている。訳もなくよく怒り出す。口癖でムカつく、ムカつくと言っていた。
ーーーー
ある日の夜明け、妻がうっすら目を開け、旦那の寝床を手で探って見た。手が触るものは布団だけだった。寝起きなのにも、少し落ち込みを感じざるを得なかった。なくしたものを探そうとでもするようにするりと目を開けた。
机の上に頭を倒し、それを握りしめている旦那が見えた。うっすらしていた意識が戻るに連れ、旦那の肩が揺れていることにも気づいた。ぐずぐずと泣いている音が耳を鳴らす。妻ははっと目が覚めた。ふと体を起こした。そして妻の手は軽く旦那の背中を揺らし、喉から詰まった声で
「なんでこうしておりますか」
と聞いて見た。
「…」
旦那は何も答えてくれなかった。妻は手で旦那の顔を上げようとしていたところ、それがあったかい涙に濡れていることに気づいた。
ーーーー
また一、二ヶ月が過ぎた。初めの頃のように出入りが頻繁になった。吐き気がしそうな酒の匂いが夜遅く帰って来る旦那の口からするようになった。それは最近のことだ。今夜は今までも帰ってきていない。
夕方から妻はあらゆる想像をしながら旦那の帰りを待っていた。退屈な時間を早く送ってみようと退かしていた縫い物をまた出した。それすら思いのままにならなかった。時々針が気のままに動かなかった。やがてそれに刺されてしまった。
「どこに行ってまだ帰ってこない!」
妻はもう痛かったことすら忘れ、腹を立てた。しばらく彼女から離れていた空想と幻影が再び彼女の頭の中に浮かんできた。おかしな花の刺繍があしらわれている白い布の上に美味しそうな料理が乗っている皿が輝く。様々な友人と酒を進めたり飲んだりしてる光景が見えて来る。彼女の旦那は狂ったように音を出して笑う。
やがては黒いカーテンがすっと遮って来るようにその全てが消えて行き、狼藉とした食卓だけが見えたり、徳利だけが白く輝いたり、さっきの娼婦が片腕を床については笑って騒ぐ姿が見えたりした。また旦那が道端に倒れ泣き出す姿も見えた。
「開けろ!」
ふと外の門が揺れる音と、酔った声で呼ばれる音がした。
「はい」
自分も気づかないうちに返事をし、急いで部屋から出た。間違いて履いてしまった、足に合わない靴を引きづりながら門まで走った。中門はまだ閉めておらず、下女の部屋に人がいなくもないが、いつも通りぐっすり眠っているとばかり思って走り出した。細い手が闇の中白くかんぬきを握りなんとか開けようとする。門が開いた。
夜風が冷たく顔に当たる。外には誰もいなかった!路地に人の影はなかった。青黒い夜の光が白い道の上にうっすら染みているだけだった。
妻は何かにびっくりしたような姿で長らくぼーっと突っ立っていた。ふと急いで門を占める。まるでそれの隙間から悪魔でも入って来るかのように。
「だったら、風の音だったのか」
と冷たい頬を撫でながプスっと笑って足元を戻した。
「いや、私が確かに聞いたのに…もし私の見間違いなのか?路地にバタッと倒れていたら見当たらなかったかも…」
中門まで至るとふとこんな考えが頭をよぎり、足を止める。
「門をまた開けてみるか?いや、私の聞き間違いた。いや、でももしかして…いや、私の聞き間違い…」
迷いながらも夢でも見ている顔でふと気づいたら縁側まで上がってきた。とても奇妙な考えがふと彼女の頭をよぎった。
『私が大門を開けた時、ひっそり私の知らぬ間に入ってきたのでは…?』
そういえば、部屋の中から何か音がしている気がした。確かに人の気配があった。大人に怒られに行く子供のように注意を払いながら部屋の前まで行った。そして門に手をつけながら笑い始めた。それは自分の間違った行動を許してほしい子供のような笑みだった。ちょっとずつ門を開けた。なんか布団が動いているような気がした。
「私を騙そうと布団をかぶったな」
と、心中でつぶやいた。そっと座り込む。
その姿がこれに触れたらいけません、というかのようだった。布団を持ち上げた。何もない敷布団が目に入る。やっと誰も入ってこなかったことに気づいたように、
「帰ってないね、帰ってないね!」
と泣きそうに叫んだ。
ーーーー
旦那が帰ったのは新たにもう2点が過ぎた頃だった。何かがバタッとした音が聞こえて、すぐ
「お嬢さん、お嬢さん!」
と呼ぶ声が耳を殴った時、やっと妻は座っていたはずの自分が布団の上に倒れていたことに気づいた。確かに、耳の遠いばばあが門を開けたぐらい、妻は深い眠りについていた。なのに彼女は夢の境で彷徨っていた精神をすぐ取り戻した。2回ぐらい顔を撫でてはふと外に出た。
旦那は片足を縁側に引っ掛け、片腕を頭の下において寝ていた。寝息が聞こえてきた。
靴を脱がして立ち上がり、ばばあは赤い顔をしかめながら
「早く起きて部屋に入れてください」
と言う。
「うん。起きる」
旦那はなんとか舌を動かし鼻と口で返事をした。それでも体はビクともしない。むしろその焦点の合わない目を寝ようとするかのように瞑ってしまう。妻は目をこすり突っ立っていた。
「早く起きてください。部屋に入ってくださいってば」
今回は返事もしない。その代わりに何かを掴もうとするように手を振り回しては
「水、水、冷水をくれ」
とつぶやいた。
ばばあはすぐ水を汲み酔っ払いの鼻のもとにおいたが、その間もう先の頼みは忘れたかのように酔っ払いは飲もうともしない。
「なぜ水を飲まれませんか」
側でばばあが急かした。
「うん、飲むよ、飲む」
と、やっと主人は片腕で支えて起き上がる。一気に器いっぱいの水を飲み干す。そしてまた倒れこんでしまう。
「はあ、また寝てらっしゃる」
と、ばばあは井戸に入ろうとする子供を抱きかかえようとするように両腕を差し出す。
「ばばあはもう寝てて」
主人は面倒臭そうに言う。
これをどうすればいいかわからず突っ立った妻も、ばばあにはもう帰ってほしいと思った。旦那を掴み起こそうとする気持ちは切実だったが、ばばあが見ているうちにそうするわけにはいかないと思った。結婚して7〜8年も立っているのに、そんなことに恥を感じる間ではなくなっているが、一緒にいた日だけを数えてみると、彼女はまだ結婚したての新嫁だった。
「ばばあは帰って寝てて」
と言う言葉が喉まで詰まってきたけど、唇で消えてしまった。心いっぱい、ばばあが帰えることを待つだけだった。
「ちょっと起こしてあげないと」
帰えるどころか、こんなことを言いながらばばあは縁側にあがって来る。その姿は、まるで旦那様がお酒酔ったら、部屋までお連れするのが私の役目です、とばかり言っているようだった。
「さあ、さあ」
ばばあはお嬢さんを見て笑みを浮かべながら、旦那様の背中に手を入れる。
「なんだ、なんだ、俺は起きれるぞ」
と、体を動かしては、主人が本当に起き上がった。縁側をドンドンと踏み鳴らしながら、すぐにでも倒れそうに歩きながら部屋に向かう。ドカンと門を開け、部屋に入る。妻もそれに連れて入る。ばばあは旦那が門を通った頃で、難度が舌を打ちながら帰った。
壁に寄りかかっている旦那は、何かを考えているかのように下を向いていた。彼の乾いたこめかみに打つ青い脈を彼女は心配げに見つめながら旦那に近づく。妻は片手では背広の襟を、もう片手では袖を掴みながら和む声で
「さあ、脱ぎましょう」
と言った。
旦那はふと滑り込むように壁に沿って座り込んだ。彼の伸ばした足先で布団があっちに滑る。
「あら、どうされましたか。服は脱がずに」
その勢いで倒れそうになった妻が泣き叫んだ。そうしながらも一緒に座る。その手はまた服を握った。
「服がしわになります。お願いだから脱いでください」
と妻は哀願しながら、服を脱がそうとする。しかし、酔っ払いの背中は千斤のように壁にくっついており、脱げるはずがない。苦心の甲斐もなく服を手放し、離れては
「まったく、誰がこんなに酒を勧めたのか」
旦那はその言葉がとても耳障りだったかのようだった。
「そうか。誰が勧めたか君が当ててみるか」
とはっはと笑う。それは絶望の色を浴びた、寂しい笑だった。妻もそれにつられ笑みを浮かべては、また服を握り
「さあ、服から脱ぎましょう。話は後です。今晩よく眠られたら明日の朝教えてあげましょう」
「何を言っている。今日のことをなぜ明日に延ばす。言うことがあるんなら今しろ」
「今は酔われているので、明日酔いが覚めたらしましょう」
「何?酔っている?」
と、首を振りながら
「とんでもない。誰が酔っていると言う。俺がやりたいからこうしているんだ。気は確かだよ。ちょうど話がしたいところだ。なんでも。さあ」
「いや、飲めないお酒をなんで飲まれたのですか。体に悪い」
と、妻は旦那の額に流れる汗を拭く。
酔っ払いは首を振りながら
「違う、違う。そんなことが聞きたいわけじゃない」
と、先ほどのことを追求しているかのように、言葉を止めてはまた繋いで
「よし、誰が俺に酒を勧めたと思う?俺が飲みたいからか?」
「飲みたから飲んだわけではありません。誰があなたにお酒を勧めたのか当てて見ましょうか。あの…先ずは怒りがお酒を勧め、次は『ハイカラ』がお酒を勧めますね」
妻はそっと笑う。私が当てましたよね、と言いたいようだった。
旦那は苦笑する。
「違う。わかってない。怒りが酒を勧めたわけでも、『ハイカラ』が勧めたわけでもない。俺に勧めてくるのは別にある。あなたが、俺がある『ハイカラ』に惑わされているとか、その『ハイカラ』が俺に酒を勧めてくると心配していたなら、それは無駄だ。俺に『ハイカラ』はなんの意味も持たない。俺に意味があるのは酒なんだ。酒が腸に沁みて、あれもこれも忘れられるようにするのを俺は取るだけさ」
と言い、いきなり口調を改めて感無量に、
「嗚呼、有為有望な頭を『アルコヲル』で麻痺させないと耐えられなくするものが、なんだと言うんだ」
と、長い溜息をつく。酷い酒の匂いが部屋に伝わって行く。
妻にはその言葉があまりにも難しかった。黙々と何も言わなかった。目に見えない壁か何かが自分と旦那の間に立っているようだった。旦那の言葉が長くなるたびに妻はこのような苦い経験を味わった。一度や二度ではない。やがて旦那は呆れたように笑う。
「は、またわからないのか。聞く俺があれなんだな。あなたがそんな言葉をわかるはずもない。俺が説明しましょう。よく聞いてください。俺に酒を勧めるのは、怒りでも『ハイカラ』でもありません。この社会というものが俺に酒を勧めてくるんだ。この朝鮮社会というものが俺に酒を勧めてくるんだ。わかったか?運が良くて朝鮮に生まれたな。他の国で生まれたら酒すら奢ってもらえたか...」
社会とは何か?妻はまたわからなくなった。とにかく他の国にはなく、朝鮮にのみある料亭の名前かと思う。
「朝鮮にあっても通わなければいいのではありませんか」
旦那はまたして先のように笑う。本当に酔っ払ってないかのようにはっきりした口調で
「はは、呆れたな。それの一分子になった以上、通う通わないがなんの関係か。家にいたら勧めてこず、外に出たところで勧められるとでも思ってるのか。そんなんじゃないんだ。なんとか社会の人がいて外出した俺を引っ張って酒を勧めてくるのではない...どう言えばいいだろう...あの朝鮮人で成立したこの社会というものが、俺に酒を飲まざるを得なくするんだ。
....なぜか?また俺が説明しよう。ここにある会を一つ作るとしよう。そこに集まった人は皆が皆して、初めは民族のためだとか、社会のためだとかいうけど、自分の命に代えてもいいというやつは一人もいない。そして二日にもならないうちに...たった二日もならないところで...」
声を一層高め、指を一本一本折りながら
「なってもない名誉争い、意味のない地位の奪い合い、俺が正しくてお前は間違っているとか、俺の権利が多くてお前は少ないとか、昼夜問わず言い争っているばかり。それで何ができる。会だけではなく、会社も組合も...我々朝鮮人が組織した社会は全部あんな有様だ
こんな社会で何ができる。何かやろうとする人こそ愚か。少なくとも正気なやつは血を吐いて死ぬしかない。出なければ酒を飲むだけ。俺も前には何かやろうと頑張ってみたんだ。全てが水の泡。俺がバカだった。
俺が酒を飲みたくて飲んでるんじゃない。最近はマシだけど、初めて飲んだときはあなたも知っているように、死ぬほど辛かった。その飲んだ後にくる辛さは身を以て体験しなきゃわからない。頭がズキズキと痛み、食べたものは全て戻ろうとしてーそれでも食べないよりはマシだった。体は辛くても心は辛くなかったから。ただこの社会でできることは飲兵衛しかない...」
「何をおっしゃいますか。何が足りなくて飲兵衛になるんです!とにかく...」
ーーーー
妻は自分も知らないうちに興奮し、熱気さえ帯びた目で旦那を見つめふとこんな言葉を口にした。彼女は自分の旦那こそこの世で一番偉大な人だとばかり考えていた。従って誰よりも一番よくなると信じている。朦朧としているが彼の目標が遠大で高尚なのも知っていた。
大人しかった彼が酒を飲むようになったのは、何かがうまくいかなくて腹いせにそうしているともなんとなくわかっていた。しかし酒は毎日飲むものではない。そうすると身を滅ぼしてしまう。つまり一日も早くその怒りが治ったら、また大人しくなったらという考えが彼女の頭から離れた瞬間はなかった。
そしてその日が必ずくると信じていた。今日からは、明日からは...しているが、旦那は昨日も酒によっていた。今日もああなっている。自分の期待は日々遠くなって行く。それに連れ、期待に対する自信も薄くなって行く。恨みつらみが時々彼女の胸を締めてくる。それに日々やつれて行く旦那の顔を見るたびにそんな感情はとめどなくなる。今自分も知らないうちに興奮したことも、無理もない。
「それでもわかってくれないか。は、呆れる。正気だと血を吐いて死ぬか、水に溺れ死ぬかで、一日も生き延びれそうにないんだ。胸臓が締め付けられ生きられないんだ。ああ、重苦しい!」
と旦那は叫んで、辛さに耐えられないかのように顔をしかめ狂ったように胸をかきむしる。
「お酒を飲まれないと胸臓がつまります?」
旦那の行動は見ぬふりして、妻は顔をもっと赤らめて叫んだ。
その言葉にびっくりしたのか、旦那は呆れ顔で妻の顔を見つめては、次の瞬間、言葉にできない苦悩の影が彼の目を通る。
「間違っているよ、俺が間違っている!あなたのような菽麦にこんなことを言った俺が間違っている。あなたから少しでも慰めてもらえるかと思った俺が間違った...はぁ」
と、嘆く。
「ああ、じれったい!」
ーふと、途方もなくいきなり声を上げては身を起こす。部屋から出ようとする。
なぜ私があんなことを言ったんだ?妻はすぐ後悔した。旦那の上着の裾を握りしめながら切ない声で、
「なぜどこかに行かれるんですか。こんな夜中にどこに行かれるんですか。私が間違いました。もうそんなことは言いません...明日言いましょうと言ったのに...」
「聞きたくない。離せ。離して」
と、旦那は妻を押し退けて外に向かう。ふらつく足元で縁側の端に歩いてはどっさりと座っては靴を履き始める。
「何されるんですか。もうそんなことは言いませんから...」
妻は後ろから靴を履こうとする旦那の腕を掴みながら言った。彼女の手は震えていた。彼女の目からはすぐにも涙がこぼれそうだった。
「何してるんだ。邪魔臭い」
吐き出すような言葉を口にし、振り切る。旦那の靴がコツコツと中門にたどり着いた。やがて外に消えて行く。縁側にぐんなりとしている妻は虚しく何度か、
「ばばあ!ばばあ!」
と呼んだ。静かな夜の空気を鳴らす靴音はどんどん遠くなって行く。やがて路地裏に消えてしまった。再び夜は静寂に深まって行く。
「行ってしまったよ。行ってしまった!」
その靴音を永久に失くさないかのように耳を傾けていた妻は全てを失くしたかのように叫び出した。その音が消えて行くと同時に自分の心も消え、気も消える感じだった。心身がすっからかんになったようだった。彼女の目はとめどなく黒い夜の霧をぼーっと見つめていた。その社会というやつの毒々しい姿を描いているかのように。
寂しい夜明けの風が胸にぶつかってきた。そのぶつかる勢いに眠れず疲れてしまった体が壊れそうにしみてきた。
死人からしか見ることができないやつれた顔が痙攣を起こすかのように震え、絶望した口調で呟いた。
「その頂けない社会が、なぜお酒を勧める!」

金東仁(キム・ドンイン) 『狂炎ソナタ』 短編小説 和訳

著者死後50年以上経っているパブリックドメインの作品でしたので、翻訳してみました。
原文:https://ko.wikisource.org/wiki/%EA%B4%91%EC%97%BC_%EC%86%8C%EB%82%98%ED%83%80

読者は今から私が語ろうとしている話を、ヨーロッパのどこかで起きたことと思っても良い。もしくは、四、五十年後の朝鮮で起きることと思っても良い。ただし、この地球上のどこかでこのようなことが起きたかもしれない、あったかもしれない、もしくは起こるかもしれない、可能性だけはあるーーーこれくらい知っておけば良いだろう。
なので、私がここで語ろうとしている主人公のベク・ソンス(白性洙)を例えばアルベルトと思っても良いし、ジムと思っても良いし、湖なんとかもしくは木村なんとかと思っておも良い。ただ、人間という動物を主人公とした、人の世に起きたことだけわかってくれればーーー
これを前提で、さあ、私の話を始めるとしよう。

ーーー

「機会(チャンス)が人を滅ばせることも興らせることもできることをご存知ですか?」
「はい。もはや改めて議論する課題にもなりませんね」
「ほら、ここにある商店があるとしましょう。ところで、ちょうど店主も店員も、誰もいない時に偶然前を通った紳士がーー財も名望も厚く、礼儀正しい人でーーその紳士が空っぽの商店を見て、こう思えるかもしれませんよね?空っぽだし、盗人でもゆっくり入れるだろう、入って盗んだら誰も知らないだろう、なんで店を空っぽに放置するんだろう……こんな考えの末、もしくはあの、あの...なんというか、突如の変態真理でなんでもない小さいものを一つ(大したものでもないし、欲しいとも思えない)取って、ポケットに入れる場合があるかもしれませんかね?」
「さあ」
「あります。あるんです」
ある夏の夕方だった。都会から離れた郊外の川辺で、二人の老人が座ってこんな話をしていた。その機会論を主張している人は著名な音楽評論家K氏だった。聞いている人は社会教化者の某氏だった。

ーーー

「さあ、本当にありますかね」
「あるんです。とにかく、あると仮定して、その場合、その責任は誰にありますか」
「東洋のことわざに『瓜田に履を納れず』ともありますし、その紳士が責任を取りますかね」
「そうしてくれるのであればそれだけの話ですが、その紳士は礼儀正しい人でそのような絶対的で奇妙なチャンスでなければそのような行動はおろか考えもしない人だったらどうなります」
「……」
「いえば、罪は『チャンス』にあるのに『チャンス』という無形物は何ともできないのでその紳士を加害者と認めるしか、今は手がありませんよね」
「そうですね」
「またひとつーー人の、天才と言われるのも場合によってはある『チャンス』がなければ永久に現れないこともあるのに、その『チャンス』というものがその人から、その人の『天才』と『犯罪本能』を一気に導いたなら、我々はその『チャンス』を呪うべきでしょうか、祝福すべきでしょうか」
「さて、どうでしょう」
「先生はベク・ソンスという人をご存知でしょうか」
「ベク・ソンス?さあ、覚えのない名前ですが」
「作曲家として、そのーー」
「あ、思い出しました。有名な『狂炎ソナタ』の作者のことですね」
「はい。その人が今どこにいるかご存知でしょうか」
「わかりません。発狂したという噂がありましたがーー」
「はい。今××精神病院に監禁されていますが。その人の一代記を話しますので、聞いていただいてから社会教化者としての意見を伺えばと思います」

ーーー

私が今語ろうとするベク・ソンスは、お父上も素晴らしい音楽家でした。私とは同窓でしたが学生時代より彼の才能はたっぷりと堪能できました。彼は作曲科を専攻しましたが、時々自ら作曲しては夜中一人鍵盤を叩いたりして、我々を思わず起きるようにしたりしました。そして我々はその真夜中に鳴り響く野生的旋律に体を震わせたりしました。

彼は野人でした。狂気溢れる野生は度々気に食わなかったら先生を叩くことも多くあり、母校の近所の居酒屋や全ての商店の店主で彼に殴られたことがない人はいませんでした。そのような野生は彼の音楽の中にたっぷりと潜んでおり、むしろその野生的力が彼の芸術をより輝かすものでした。

しかし彼が学校を卒業した後、その野生は他の方向に向いてしまいました。酒!酒!怖い酒でした。朝から晩まで、晩から朝まで、盃が彼の口から離れませんでした。そして酒を飲んでは婦女子に暴れ、警察署に囚われ、出てきてはまた同じことを繰り返し…….

作品?作品って何ですか。酒を飲んで酒興を発しては時々ピアノの前に座り即興で弾奏したりしたのですが、今思えばその鬼気が人を襲う力と野生(ヴェートーベン以来近代音楽家からは見出せなかった)そんな宝物といっても良いものが多かったのですが、我々は各々の道を歩むことに忙しい人で、酔っ払いの即興曲を一々写しておくなどのことは夢にも思えませんでした。
我々は彼の将来のためを思い、酒を控えることを勧めましたが、そんな野人に友人の勧告が受け入れられましょうか。

「酒?酒は音楽だ!」

とははっと笑い飛ばしてはまた酒屋に逃げたりしました。

そうやって七、八年後、彼は完全に廃人になってしまいました。酒が入らないと彼の手は震えました。目にはやにがたまりました。そして酒が入れば、酒を飲めば彼はその狂暴性を発揮しました。誰を構わず捕まえてはその口に酒を注ぎました。そしては場所を構わずどこにでも寝転んでは寝ました。

実にもったいない天才でした。我々の中では彼の才能を考えては惜しむため息はありましたが、世の中はその『将来が怖い一人の天才』がいることを知りませんでした。

そんな中、彼はある良き家の女性とどうやってか関係を結び、子供を孕ませました。ですがその子の誕生を見れず、心臓麻痺で死んでしまいました。

そんな彼の忘れ形見がベク・ソンスでした。

しかし、我々はベク・ソンスが生まれたという噂を耳にしただけで、お父さんが死んでからは彼や母親に関する噂は一切知りませんでした。いや、知らなかったというより、あの家のことは我々の頭から消え去ってしまいました。

ーーー

30年という時間が経ちました。
十年一昔というのに、30年間の世の変わりは凄まじいものでした。とにかく、その間に私は私の名前を磨きました。ご存知の通り、今Kと言ったらこの国一の音楽批評家ではありませんか。筋金入りの指導的批評家Kといえば、この国の音楽系の権威であり、この私の一言が音楽家の価値を決める宣告といっても良い程度にまでなりました。数多くの音楽家が私のもとで育ち、また数多くの音楽家が私の導きで名前を輝かせました。

ーーー

一昨年の初春、ある日のことでした。
その時、私は静寂に包まれた夜中の数時間を〇〇礼拝堂で瞑想することが日常になっていました。坂の上に孤独に立っている建物で、静まった夜、一人でいると時々、柱の驚いた鳩の羽ばたきの音や落ちる水玉の音ぐらいしか聞こえてこない、言えば私みたいなへんてこな趣味の人でなければ、金を貰えるとしても入らないような、陰気臭い建物でした。しかし私のような瞑想を嗜む人であれば他では探せないほど全てを整えている家でした。孤独で静かで陰気で、時々訳のわからない神秘な音まで聞こえてきて、時々驚いたような汽笛の音も聞こえてくる......これだけでも相当なのに、しかもこの礼拝堂にはピアノも一台、置いてありました。礼拝堂にオルガンはありますが、ピアノがあるところは珍しく、たまに気が向いたときはピアノに座り一曲叩く面白さもありました。

その夜も(多分2時は過ぎてたと思います)その礼拝堂で一人目をつぶって静寂を味わっていたところ、急に下の、あの辺からうそうそと音が聞こえてきました。それで目を大きく開いたら火光が天を突いていて、外を見ると坂下のある家に火がついて、人々が右往左往と走っていました。

こういうと、どう聞こえるかわかりませんが、さほど遠くないところで火が燃える事を見る味は相当良いものでした。燃え上がる炎に広まる煙、火花が飛ぶ様、その中に黒ずんでいる柱、家の亡骸、うそうそとしている人の群れ、こういう光景はどこか思えば詩にもまれますし、音楽にもなれるものでした。昔、ネロがロマが燃える姿を見ながら、自分は琵琶を奏でながら歌っていたということも、音楽家としての見解としてはそこまで咎めることでもございません。

私もその時、その炎を見て少しずつ、興じました。
……ネロに見習って、私も即興で一曲、叩こうかな、ふとこんな考えをしながら、私は我を忘れ、炎に夢中でした。
その時でした。いきなりギシギシと音が聞こえ、礼拝堂のドアが開き、一人の若者が慌てながら飛び込んできました。そして何かにびっくりした人みたいに、キョロキョロ周りを探っては、それでも私がいることには気づかなかったのかあちらの窓際に隠れ立っては下の燃える炎を見はじめました。

私もビクともできませんでした。とにかく尋常な人ではありませんし、放火犯か盗人としか見れなかったのです。それで微動もせず立っていたら、その人がため息をつきました。そしてぐんなりと腕をぶら下げては出て行こうと足を動かそうとしたところ、そばにピアノがある事に気づき、椅子を引っ張ってはピアノの前に座り込んでしまいました。私もその姿には職業柄興味がそそりました。そして何をするのか見ようとしたら、蓋を開けては一度トンと試したのです。そして、しばらくしてはまたトントンと試し打ちをしました。

そこから彼の息が荒くなりはじめました。ざあざあとすごく興奮した人みたいに体を震えては、雷のように両手を鍵盤の上にかぶせました。その次の瞬間、Cシャープ短音階アレグロが始まりました。

初めはただの興味本位で彼の様子を見ていた私は、そのアレグロが響き渡る瞬間、心底から緊張し興奮しました。

それは純粋に野生的な音響でした。音楽というにはあまりにも力強く、無技巧でした。しかし、そこには音楽である事を否定するにはあまりにも辛く、重く、力強い「感情」がこもっていました。それはまるで夜番の鐘音のように人の心を重く暗くする音響である同時に、猛獣の叫びのように人間を脅かす怖い感情の発現でした。ああ、その野生的力と男性的叫び、その下に隠れている沈痛な飢えと痛み、純粋で何の技巧もないあの表現!

私はグダッと、そこに座り込んでしまいました。そして音楽家の本能で、気づかないうちにポケットから五線譜と鉛筆を取り出しました。ピアノが鳴り響く音に合わせて、私の鉛筆は五線譜の上を飛び跳ねました。

多少急に始まった貧困、そこに連なる飢え、消えていく火花のような命、そのようなものを通り、かなり続く緩徐調の圧縮された感情、いきなり飛び立つ狂暴、そこに伴う快味・こう笑ーーーこうして主和調で弾奏は終わりました。それにその中に現れている圧縮された感情に飢え、もしくは猛烈は火炎などが人の心に与えるその凄まじさや狂暴性は私にとってまだ「文明」と呼ばれるものの恩恵を受けたことのない野人を連想させました。

弾奏が終わった後も私は我に戻れず、ぼーっと座っていました。もちろん、少しでも音楽の道を歩んだことのある人であれば、そのソナタが音楽に関して何一つ教わったことのない人がただ自分の持った天才的即興だけで弾奏したことだと気づくはずです。あてのない減七の和音で、増六の和音をごったにした上、禁じられた平行八度・平行五度まで入れたもので、それにスケルツォ微塵もない、大胆といえば大胆で、無知だといえば無知とも言える、自由奔放なソナタでした。

その瞬間ふと私の脳裏に浮かんだのは、30年前心臓麻痺で死んだベクなんとかでした。彼の音楽からもしきちんとした訓練を抜き、そこに野生をもっと入れれば、今私の目の前にいるその音楽家のと同じものになるはずでした。鬼気が人を襲うようなその力と奔放な表現と野生ーーーそれは近代音楽系では見つけられない宝物でした。

そのソナタに酔い、かなりの間ぼーっと座っていた私はゆっくりと立ち上がり、そのピアノの前に向かい彼の肩にそっと手を添えました。一曲演奏した後グッだりしたように座り込んでいた彼は、驚きのあまり飛び跳ねて、私の顔を見ました。

「君、いくつかね」
私はこうやって、彼に初めて声をかけました。胸苦しい私としては、こんな言葉しか思いつきませんでした。彼は高い窓から映り込む月明かりに照らされている私の顔を一瞬だけみては、視線を戻してしまいました。
「原は空いてないか?」
私はもう一度、彼に声をかけました。
彼はうるさい、と言わんばかりに立ち上がりました。そして月明かりで明るくなっている私の顔を面と向かってみては
「もしかして、K先生でしょうか」
と言い、私を呼び止めました。そうだと返事したら、
「お写真で前より拝見しておりましたが…」
と、力が抜けたように私を離し、視線を戻しました。
その瞬間、彼が視線を戻す刹那の月明かりに、私は彼の顔を初めてみました。そして私はその顔から、思いも寄らず30年前に死んだ友人、ベクの顔を見出せました。
「き、君、名前はなんという?」
「ベク・ソンス……」
「ベク・ソンス?あのベク・〇〇の息子だろう。君が生まれる前に世を絶った…」
彼は頭を突き上げました。
「はい?父をご存知でしょうか」
「ベク・〇〇の息子か。顔が良く似ている。私は君の父と同窓なんだ。あぁ、やはりその父にその息子だ」
彼は長くため息を吐き、首を落としました。

ーーー

私はその夜、ベク・ソンスを連れて家に帰りました。
そしてたとえ作曲上のルールは何一つ守って以内が、その代わりに情熱と野生が溢れているソナタを捨てることが勿体無く、もう一度ピアノに向き合うことを命じました。先ほどの礼拝堂で私が写した分はアレグロがほとんど終わったところからだったので、その前の曲を写すためでした。
彼はピアノに向けて頭を傾げました。何度か手で鍵盤を叩いては、また頭を傾げて考え込みました。ですが、5回、6回とやってみたけど、なんの効果もありませんでした。ピアノから響く音響は規則もなく、なっていない、ただの騒音にすぎませんでした。野生?力?鬼気?そんなものはありませんでした。感情の灰だけでした。
「先生、うまくいきません」
彼は恥ずかしいみたいに、何度も首を傾げてはこう言いました」
「2時間も経っていないのに、もう忘れたのか」
私は彼を押し出しては、代わりにピアノの前に座って、先ほど写した譜面を広げました。そして写したところから演奏を始めました。
火炎!火炎!貧困、餓え、野生的力、奇怪で閉じ込められた感情!譜面を見ながら演奏していた私は自ら興奮し始めました。いうまでもなく、その時の私の目は狂人のような光を放ち、顔は真っ赤に染まっていたはずです。
その時、彼はいきなり私を襲い、ピアノから投げ出しました。そして自分が代わりに座りました。
椅子から落ちた私はあまりにもの興奮で起き上がることもできず、その場に座り込んだまま、彼の様を覗き込みました。彼は私を押し出した後、その譜面を持って読み始めました。嗚呼、その顔!彼の息が徐々に荒ぶり始め、目は狂人のような光を放ちました。そうしたらその譜面を投げ出し、稲妻の如く両手を鍵盤の上に添えました。
『Cシャープ短音階』の狂暴な『ソナタ』が再び始まりました。暴風雨のように、また恐ろしい波のように人の息を詰まらせるその力、それはヴェートーベン以来に近代音楽家からは見られなかった狂暴な野生でした。恐ろしくも惨めな餓え、貧困、圧縮された感情、そこから弾けだし猛炎、恐怖、こう笑ーーー嗚呼、私はあまりにも息苦しく、思わず両腕を振り回しました。

ーーー

その夜が明けるまで、彼は興奮しては自らの過去をずべて話しました。彼の話によると、彼の経歴は大体こうです。
彼の母は彼を妊娠した後、直ちに実家から追い出されました。
そこから彼の貧乏は始まりました。
しかし教養のある、彼の母は自らは縫い物など手間取りをしながらも、ソンスだけは大事に育てました。心ばかりな粗末なものだけど、オルガンを一台用意し、彼が寝るときはシューベルトの『子守唄』で眠らせて、朝起きるときは一日中愉快に過ごすため、ショスタコーヴィチの『ワルツ第2番』で彼を元気にさせました。
彼が3歳の頃、母の胸に抱かれてオルガンで遊んでいました。このオルガン遊びを見た母はコツコツとお金を貯め、彼が6歳になる年にピアノを一台買いました。
朝には鳥の歌声、風になびくポプラの音、母の愛、キッチンでスープが湯立つおと、このような全てがこの少年には神秘で愛おしく、彼はピアノに向かっては思いつく通り鍵盤を叩きました。
こんな中、無事小学校と中学校を卒業しました。そんな中、音楽への憧れは彼の胸に溢れてしまうほど、積み上がりました。
中学を卒業した後は、母のために学業を辞めざるを得ませんでした。彼はある工場の職工になりました。だけど優しい母の教育のもとで育った彼はたとえ職工になったとしても、すごく善良な人でした。
そして音楽への執着は少しも減ることがございませんでした。お金がなくて正式な音楽教育は受けなくとも、街で客寄せに付けておいた蓄音機の前もしくは日曜の礼拝堂の聖歌隊の歌で若い心を走らせた彼でした。家の中ではピアノから離れたことがございませんでした。
時々非常に興じて五線譜を出して譜面を書いたことも多々ありました。しかし、おかしいのはあれほど走らせた情熱やはちきれそうだった感激も、譜面に写すと何の緊張もない薄っぺらい音系になってしまいました。何故?あれほど才能があって、あれほど情熱があった彼からそんな燃えきった灰のような音楽しか出なかったのかと考えますよね。これに関しては後ほど説明致します。
感激と不満、情熱と灰、非常な興奮とその興奮に反比例したパッとしない結果、このような不満の10年が過ぎました。

ーーー

彼の母は突然、酷い病を患うことになりました。
滋養と薬代、彼の何年もコツコツと貯めてきたお金がどんどんなくなっていきました。少しでも安定した生活になったら正式に音楽に関する教育を受けようと貯めききた貯金は全て母の病気に使われていきました。それでも、母親の病気は治る気配がありませんでした。
そうやって、彼と私が礼拝堂で会う一年前のある日、彼の母は到底回復できない重体に陥りました。しかしその時にはもう、彼にお金はありませんでした。
その日の朝、彼は危篤な母を見捨て、またまた工場に向かいました。しかしどうしても気が気じゃなく、仕事を途中にやめて帰宅しました。その時もう母は重体でした。胸が潰れた彼は慌てて外に出ました。しかしどこへ?何をしに?止め処なく飛び出してはしばらく走り回って、彼は一瞬気を戻して医者でも呼ぼうと足を止めました。
その時でした。私が先ほど言った「機会」というものがその時彼の前に現れました。それは小さなタバコ屋でしたが、店と部屋の間のドアは閉まっていて、中にはやはり人はいるようでしたが、店番は見えませんでした。そしてそのタバコの箱の上に、50銭と硬貨数枚が置いてありました。
彼は自らも、その時何をやったのかわかりませんでした。医者を呼ぼうとすると、たった数十銭でもお金を持ってないとという考えをうっすら持っていた彼は、一回四方を見回ってから、そのお金を握りしめて逃げ出しました。
しかし彼は、40メートルも行かずに店の人に捕まってしまいました。
彼はなんども懇願しました。最後には自分の母親の命が旦夕に迫っているので、1時間だけ猶予をくれれば医者を母に送って戻ってくるとも言ってみました。ですが、彼の言葉は全て譫言の扱いで、やがて署まで連れて行かれました。
署から裁判所へ、裁判所から牢獄へーーーこんな6ヶ月の中、彼は無念で歯噛みをしました。母親はどうなったか。彼は遣る瀬無い気持ちに地団駄を踏みました。もし世を絶ったとしたら、亡くなる瞬間自分をどれほど探しただろうか。死に際に水一杯あげる人もない母でした。気苦労するその姿、喉が渇いているその姿を想像し、その母に勝る程自分も気苦労し、渇望してやみませんでした。
半年後、やっと光満ちた世に出て自分のあばら家に行ってみたら、そこは既に他人が住んでいて、彼の母は半年前に息子を探して街まで這いつくばって出てきては死んでしまったそうでした。
共同墓地に行ってみても、墓すら見つけられませんでした。
こうして行き場もなくさまよっていた彼は、その日も寝場所を探し回っていた末、例の礼拝堂(私と会った)に飛び込んできたんでした。

ーーー

ここまで話してきたK氏はふと、口を止めた。そしてマドロスパイプを出し、タバコに火をつけ吸いながら某氏に顔を向けた。
「先生はまだ、私が話してきた内容の矛盾を見つけられませんでしたか」
「さあ」
「では、代わりに伺いましょう。ベク・ソンスはそれほど才能が溢れる音楽家だったのに、なぜあの狂炎ソナタ(その夜のソナタを『狂炎ソナタ』と名付けました)を作曲する前までは、それほど興奮して緊張したにも関わらず、譜面に写すとあっけないものになっていたのでしょうか」
「それは、多分その時の興奮が『狂炎ソナタ』の時の興奮までには至らなかっただけでしょう」
「そう解釈されますか。聞いてみれば、それも一理あります。ですが、私はそう解釈はしませんね」
「でしたら、K氏はどう解釈されますか」
「私は、いや、私の解釈を口にするより、そのベク・ソンスより私に届いた手紙が一枚ありますが、それを見せて差し上げましょう。先生は今日忙しくはありませんか」
「予定はございません」
「では私の部屋までお越しになれますか」
「行きましょう」
二人の老人は立ち上がった。
都会と郊外の境にあるK氏の家に二人の老人が着いた時は、午後4、5時になった時だった。
二人の老人はK氏の書斎で向かい合って座った。
「これが二、三日前にベク・ソンスが私に送った手紙なのですが、目を通してください」
K氏は引き出しから長い手紙の束を取り出し、某氏に渡した。某氏は手に取り、広げた。
「あ、ここから読んでみてください。その前は要らぬ挨拶ですから」

ーーー

……(中略)そうしてその日もまた夜を過ごすところを探し回ってた私は、偶然あの店、私が前に50余銭を盗んだあのお店の前にたどり着きました。
真夜中、世の中た静寂に包まれている中、寝所を探してさまよっていた私はふと、心中に恐ろしい復讐の念が起きました。この店さえでなければ、この店主が少しでも慈悲心ということを持っていたら、私は自分の母親が惨めに街まで這い出て死なせてしまうことにはさせなかったでしょう。墓がどこなのかもわからなくて、一度も花を添えられなかった不孝も、この店のせいでした。そのような考えが溢れてしまって、店の前にあった藁の束に火をつけました。そしてそこに立って、火種が家の方に移していくことを見てはふと怖くなって、逃げ出しました。
少し逃げてから様子を見るに、下ではもう人が集まってきたようでしたが、この時に私の頭の中はざまあみろということと、逃げようということだけでした。そうやって私は身を隠すため、目の前の礼拝堂に飛び込んでいきました。

ーーー

「それで」
K氏は手紙を読んでいる某氏に声をかけた。
「非常な情熱と感激はあっても、それがそのまま表現できなかった理由はそれでした。すなわち、ソンスの母親は凄く優しい人で、ソンスが幼かった頃より教育にすごく力を入れ、良い人になれるよう、ここまで育ててたのです。その優しい教育のため、彼が持って生まれた狂暴性と野生が表に出なかったのです。その燃え上がる野生的情熱と力を譜面に起こすと止めどなく力のない、言わば香りの抜けたお酒のようになってしまうのは、全てそれが原因だったのです。上品で優しい教訓が、彼の才能を抑え込んでいたのです」
「ふむ」
「それが、そのソンスが、牢獄生活をした時に一回洗われてはおりますが、人の教養というものは完全に消え去ることはできないものなのです。そんな時、その『仇』の店の前でいきなり、言わば突拍子もなく、野生と狂暴性が現れ、火を放ち礼拝堂の中に隠れその野生的狂暴的快楽を目一杯楽しんだ後、爆発的に出たのが『狂炎ソナタ』でした。起き上がる炎、人の悲鳴、全てを無視して広がる火の勢力ーーーこのようなものは事実、野生的快楽の中で最も優れたものですから」
「……」
「わかりましたか。それではその次は、手紙のここからを読んでください」

ーーー

……(中略)私はその日のことを絶対に忘れられないでしょう。先生が私を世界披露するため、自らピアノの前に座り、招かれた何名もの音楽家の前で私の『狂炎ソナタ』を演奏されたその場面を思い出すと、今でも涙が溢れそうです。その時、お客様の中でご婦人お二人が気をなくされたことは決して『狂炎ソナタ』の力だけではなく、先生のその演奏の力が大いに影響していたことを否定するものはおりません。その後、私を人々の前で、
「この人が『狂炎ソナタ』の作者で、30年前我々を捨て去った時代の鬼才ベク・〇〇の息子です」
と紹介してくださった時の感動は一生忘れることができないでしょう。
先生が私のために見繕ってくださった部屋もとても気に入っておりました。広い北向きの部屋の東南側隅に丈夫なクヌギ机と椅子、ピアノが一つずつ、他の装飾は西南側壁に大きい鏡が一つあるだけで、だだっ広い部屋は、実は夜中電灯の下にしわっていると、自然に体が震えてくるぐらい、恐ろしい雰囲気の部屋でした。しかも部屋の中は全て黒く塗りつぶしてあり、窓の外には老いた槐が立っているのは、やはり鬼気が漂っているように感じました。こんな中、先生は私が奔放な音楽を作れるように配慮してくださいました。
私もこのような環境のもとでいい音楽を作ろうと尽力致しました。ある日、先生に作曲に関する体系的な訓練を伺ったとき、先生はこう仰いました。
「君にはそのような教育は必要ない。心から出てくるがままにしなさい。君みたいな人が訓練されてしまうと、君の音楽が機械化されてしまう。心ゆくがままに、あらゆる規則も、規範も無視して胸が鳴り響くまま……」
私はこの時の先生の言葉の意味を、はっきりと理解することはできませんでした。しかし、大まかな意味は通じました。そうして、私は心のまま、自由な音楽を開拓しようとしました。
しかし、そんな中にも私が生んだ音楽は全ておかしくも私の前(私の母が生きていた時の)のものと同じく、なんの力もない、音響の遊びにすぎませんでした。
私はとてつもなく焦り出しました。時々、先生より催促のうような言葉をかけられると、私はより焦りました。そして心が焦れば焦るほど、生まれる音楽からは力が抜けて行きました。
私はたまに、その火が燃えていた光景を思い出そうとしました。そしてその時の痛快さを繰り返そうとしました。しかし、いつも失敗してしまいました。
時々非常な情熱で音譜を書いては、数時間後それを読み返すと、そこにはなんの力もない概念だけが残っていました。
私の心はどんどん重くなって行きました。そして大きな期待をかけている先生にも、言葉では表せないほど申し訳なさを感じておりました。
「音楽は工芸品のようで、いざ作ろうとして作られるものではないから、焦らずにゆっくり、興じた時に……」
このような先生の慰めの言葉が、自分の体を蝕んでいくようでした。しかし、私の心ではもはや、力溢れる音楽を生み出すことはないように思われました。
こうして虚無の数ヶ月が経ちました。
ある日の夜、あまりにも心が重く、胸が苦しすぎて、私は散歩に出ました。重い頭と重い胸と重い足を行き場もなく運び回っていたら、私はあるところで大きな稲束を見つけました。
この時の私の心理をどう説明すれば良いでしょうか。私はどこか怖い敵を前にしたみたいに、緊張して、興奮しました。私は四方を見回ってから、走り出してはその稲に火を放ちました。そしていきなり恐ろしくなり走り帰ろうとして、遠くなったところで見返すと炎が天にも昇るように起き上がっていました。わっ、きゃっ、と人々が叫ぶ音も聞こえてきました。私は再度そこに戻り、その恐ろしい炎に飛び上がる稲や、その稲が付いた家が燃え上がる姿を見物したところ、ふと興奮して家に戻りました。
その夜に仕上がったものが『怒涛の波』でした。
その後、この都会に起きた、明らかではないいくつかの火事は、全て私がやったことでした。そして、炎が燃え上がった夜毎、私は1曲の音楽を得られました。数日続いて胸が苦しくなって、それがやがて胸焼けみたいに重くなった時、私は訳もなく街に出かけます。そしてそんな日は一つの放火事件が生まれ、その夜には一曲の音楽が生まれました。

ーーー

しかし、それも、何度も繰り返されていくうちに、私の、炎に対する興奮は反比例して減って行きました。どんなものも許さない炎の残酷さも、それほど私の心を緊張させることができなくなって行きました。
「徐々に、力がなくなっていくね」
先生が私の音楽を見てこうおっしゃったのが、この時期でした。
ですが、私にはもう成す術がありませんでした。仕方なく、私はしばらく音楽を全て忘れたかのように、放っておきました。

ーーー

某氏がソンスの最後の手紙をここまで読んだところで、K氏が声をかけた。
「一昨年の春から秋にかけて、原因が明らかではなかった火災が多かったでしょう。それが全てソンスの悪戯だったんです」
「K氏はそれを全く存じておりませんでしたか?」
「私ですか?全く存じ上げておりませんでした。しかし、ある日の夜でしたね。ソンスは期待に反して、うちにきてもう数ヶ月になっていましたが、一回も力のあるものを生むことができませんでした。それで、あの子に何か興奮できる材料を与えることができないかと一人で考え込んでいたところ、あちらでー」
K氏は手を挙げ、南側の窓を指した。
「あちらのかなり遠くで、火が上がることが目に入ってきました。それであれをソンスに見せたら、もしやその時の感情(まだこの時、私はそのタバコ屋の火事もソンスの悪戯だとは思いもしませんでした)を蘇らせることができるかもしれない、と思ってソンスの部屋に上がろうとしたのですが、ふとソンスの部屋からピアノの音が響き出してきました。私は動かそうとした足を思わず止めてしましました。やはりCシャープ短音階で、第1曲は消え去っており、アダジオから始まったのですが、穏やかで静まった海、水平線の向こうに沈んでいく太陽、このような穏やかなものが徐々にスケルツォに入っては夕立、風浪、稲妻、恐ろしい風の音、雷、転覆された船、疲れ果て海に落ちるカモメ、一度覆されては津波に呑まれていく待ち人の叫び声ーーー興奮から興奮へ、狂暴から狂暴へ、野生から野生へと、あらゆる恐怖と暴虐な場面が目の前にちらついて、この老いた私が興奮を耐えきれず「やめてくれ」と叫び出したことだけお察しいただけますでしょうか。そして上がって行ってみたら、彼は演奏を終え、疲れたようにピアノにもたれており、先ほど演奏したものはすでに『怒涛の波』という表題で譜面になっていました。
「でしたらソンスは火を二回放ち、2曲を得たという訳ですか」
「左様でございます。そして、その後からは約十日ごとに1曲程度を作って行きましたが、それが今見ると、一つの放火事件があるたびに生まれたものでした。しかし、彼の手紙とおり、しばらく経ってからはどんどんその力と野生がなくなって行きました。それでーーー」
「ちょっと待ってください、彼はその後も「血の旋律」やその他の有名な曲を数曲作ったのではなかったのですか」
「そうなんです。そこに関する説明は、その手紙を続いて読んでみてください。この辺からですね」

ーーー

……(中略)××橋下から出ようとしましたところ、何か足元に引っかかるものがありました。マッチを引いてみたら、それはなんととある老人の屍でした。私はそれが怖くて逃げようとしたところ、走ろうとした足を戻しました。そして、
先生は私が今から述べようとすることを理解していただけるのでしょうか。それはあまりにも奇怪なことで、私も信じられませんでした。その屍の上に乗って座りました。そして死体の服を全部破り捨てた後、その裸の屍を、(私の力だとは想像もできない)恐ろしい力で高く持ち上げては、あの辺に投げました。そのあとは、まるで猫が卵で遊ぶみたいに、また走って行ってはその屍を持ち上げ、この辺に投げました。そうやって何回か繰り返していくうちに、頭が割れ、腹が壊れーーーその屍は目をやれないほど惨酷になって行きました。そしてもう手をつけられないぐらいになってから、私は疲れ切ってその場に座り込み休もうとしたところで、いきなり緊張し、興奮しては、家に走りました。
その夜に仕上がったものが『血の旋律』でした。

ーーー

「先生はこのような心理がわかりますでしょうか」
「さあ…」
「多分、わからないでしょう。しかし芸術家としては首を縦に振れる心理なのです。そしてまたここを読んでみてください」

ーーー

……(中略)その女性が亡くなったことは、私に実は思いもよらぬことでした。
私は、その夜一人でこっそりその女性の墓へ訪れました。そして七、八時間前に埋葬されたその墓の土を掘り返し、その死体を再び出しました。
青い月明かりの下に寝ている彼女の姿はまるで仙女のようでした。軽く目を閉じている白々しい顔、真っ直ぐな鼻筋、乱れた黒い髪ーーーなんの表情も浮かべていない静かな顔は、もっと彼女を凄然とさせました。これに我を忘れて見惚れていた私はいきなり興奮し、嗚呼、先生、私はこれ以上を書く勇気がございません。裁判所の調書をお読みいただけたらお分かりになるでしょう。
その夜に仕上がったものが『死霊』でした。

ーーー

「いかがでしょうか」
「……」
「はい?」
「……」
「言語道断ですか。先生の目にはそう映るでしょう。またここを読んでください」

ーーー

……(中略)こうして私はやがて、人を殺すことにまで至りました。そして一人が死ぬたびに、一つの音楽が生まれました。その後から私が作った全ては、各々が一人の生命を代表するものでした。

ーーー

「もう読まれるところはございません。ところで、ここまで読まれたらソンスに対する大体のことはご存知になられたはずですが、それに対してどうお考えでしょうか」
「……」
「はい?」
「質問される意味を伺っても良いでしょうか」
「ある『チャンス』というものがその人から、その人の『天才』と『犯罪本能』を一気に導いたなら、我々はその『チャンス』を呪うべきでしょうか、祝福すべきでしょうか?このソンスを挙げてみると、放火・死体侮辱・屍姦・殺人とあらゆる罪を犯しました。我々芸術家協会で全ての手段を尽くして政府に嘆願し、裁判所に嘆願してやっとソンスを精神病者という名目のもとに、精神病棟に閉じ込めることができましたが、さもなければ即死刑じゃないですか。ですがその手紙から読み取れるかと思いますが、通常彼はとても明敏で大人しく、温和な青年です。しかし、時々、その、いわばその興奮で目がくらみ、恐ろしい罪を犯しては罪を犯した後素晴らしい芸術を一つずつ生み出します。この場合、我々はその罪を憎むべきですか、もしくはその罪をもとに生まれた芸術を見て、その罪を許すべきでしょうか」
「それは罪を犯さずに芸術を生み出すことさえできていれば、より良いのではないでしょうか」
「おっしゃる通りです。しかし、このソンスのような人もいるわけですし、この場合はどう解決すべきでしょうか」
「罪は罰されるべきです。罪悪を見過ごすわけにはいきません」
K氏はうなずいた。
「左様でございます。しかし我ら芸術家の意見としてはこうも見れます。ヴェートーベン以来音楽というものがどんどん力が抜けてしまい、花や女子を賛美し恋愛を賞賛するばかりで、線の太いものは見れなくなってしまっています。
 しかも厳しい作曲法があり、それはまるで数学の方程式のように作曲に対するありとあらゆる自由な境地を制限しており、以降生まれる音楽は新たな道を開拓する前には、一種の技術になるだけで芸術にはなれません。芸術家にとってこれはとても寂しいことです。力強い芸術、線の太い芸術、野生が充満した芸術ーーー
 これを長い間待っているばかりでした。その時、ベク・ソンスが現れました。実際、ベク・ソンスが今まで生み出した芸術はその一つ一つが我々の文化を永久に輝かせる宝物です。我々の文化の金字塔です。放火?殺人?細やかな家個々、つまらない人間個々は彼の芸術の一つが生まれるための犠牲としては決して惜しむものではございません。千年に一度、万年に一度飛ぶか、飛べないかもわからない巨大な天才を、いくつかのつまらない犯罪を口実にこの世から消してしまうことこそ、より大きい罪ではないでしょうか。少なくとも、我々芸術家はこう思います」
K氏は向かい合って座った老人から手紙を受け取り、引き出しの中に戻した。真っ赤な夕暮れに照らされた彼の顔には涙が輝いていた。

BTS 防弾少年団 『뱁새 ベプセ ダルマエナガ』 歌詞 和訳

ベプセとは
韓国の諺で、「ベプセがファンセに追い付こうとして股が裂ける」という言葉があります。
鷦學鸛脛欲斷という中国の諺から由来したものと思われ、
ダルマエナガ(達磨柄長)がコウノトリ(鸛)に追い付こうとして股が裂ける、ということで、日本語では「鵜のまねする烏」という言葉があるようですが、微妙に違う、「身の丈に合わないことをしようとすると失敗する」つまり、「身の丈の合う行動をしろ」という言葉でございます。
ここでBTSは、ベプセ(ダルマエナガ)に自分たち(及び同じ世代のみんな)を、ファンセ(コウノトリ)に既成世代(の中でも特に大企業に就職したり公務員になったりしている人)を描写しております。
他の曲でもたまに使われる比喩です!

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뱁새 ベプセ ダルマエナガの写真

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황새 ファンセ コウノドリの写真



スジョ・スジョ階級論とは
『수저 スジョ』とは、韓国語で①さじ(匙・スプーン)と箸をセットで言う時 ②さじだけを言う時の両方で使うことができる言葉です。
しかし、英語と同様、身分を指す言葉としても使われ、よく日本でいう「七光り」を、『금수저 (黄)金さじ』もしくは『금수저를 물고 태어났다 金さじを咥えて生まれた』と言います。
スジョ階級論とは、上述した七光りの方の言い方を活用して、生まれた背景、つまり両親の社会・経済的地位が子供の社会・経済的地位を決める、と主張する理論のことです。
さじは4段階に分かれ、(黄)金さじ(금수저 グムスジョ)>銀さじ(은수저 ウンスジョ)>銅さじ(동수저 ドンスジョ)>土(まみれの)さじ(흙수저 フクスジョ)があります。(銅さじは微妙な階級のため、スルーされる場合が多いです)
BTSは、中小事務所だったBighitの所属だったことや、別に七光りとも言えないので、自分たち(及び同じ世代のみんな)を土さじに比喩しています。

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N抛世代とは
Nとは不定数、つまり決まってない数字のことで、3抛世代(恋愛・結婚・出産の放棄)、5抛世代(3抛世代+マイホーム・人間関係)、7抛世代(5抛世代+夢・希望)を超えて、
もはやいくつを放棄すればいいかわからず、全て諦めなければ行けない世代という意味です。

 

 

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[Intro: Rap Monster & Suga]

They call me 뱁새
They call me ベプセ

욕봤지 이 세대
苦労したな この世代

빨리 chase ‘em
早く chase ‘em

황새 덕에 내 가랑인 탱탱
ファンセのおかげで俺の股はパンパン

So call me 뱁새
So call me ベプセ

욕봤지 이 세대
苦労したな この世代

빨리 chase ‘em
早くchase ‘em

금수저로 태어난 내 선생님
金さじで生まれた俺の先生

 

[Verse 1: J-Hope]

알바 가면 열정페이
バイトに行ったら 情熱ペイ(やりがい搾取)
情熱ペイとは、「好きだから安い賃金でいいよね」みたいに、低賃金で搾取することを指します

학교 가면 선생님
学校行けば先生(偉ぶる、目上の人の意味があると思います)

상사들은 행패
上司たちは 狼藉

언론에선 맨날 몇 포 세대
マスコミでは毎日N抛世代

 

[Pre-Hook: Rap Monster]

룰 바꿔 change change
ルールを変えろ change change

황새들은 원해 원해 maintain
ファンセ達は求む 求む maintain

그렇게는 안 되지 BANG BANG
そうには行かないよ BANG BANG

이건 정상이 아냐
これは当たり前じゃない

이건 정상이 아냐
これは当たり前じゃない

 

[Hook: V & Jimin & Jungkook]

아 노력노력 타령 좀 그만둬
あ、努力努力云々ちょっとやめてくんない?

아 오그라들어 내 두 손발도
あ、縮こまってしまうじゃん俺の両手足も

아 노력 노력 아 노력 노력
あ、努力努力 あ、努力努力

아 노랗구나 싹수가
あ、黄色く枯れてるじゃん苗が
韓国語で『노력 努力』は「ノリョク」、『노랑 黄色』は「ノラン」で発音することからの言葉遊び
苗が黄色く枯れているとは、(初めから)全く見込みがないという意味です

역시 황새!
やっぱファンセ!

노력타령 좀 그만둬
努力云々ちょっとやめてくんない?

아 오그라들어 내 두 손발도
あ、縮こまってしまうじゃん俺の両手足も

아 노력 노력 아 노력 노력
あ、努力努力 あ、努力努力

아 노랗구나 싹수가
あ、黄色く枯れてるじゃん苗が

 

[Verse 2: Jin & Jimin & Jungkook]

역시 황새야 실망 안 시켜
やっぱファンセだな 失望させない(期待を裏切らない)

역시 황새야 이름 값 하네
やっぱファンセだな その名が泣かないね
(이름값 하다:その名に値する行動をする、という意味で、名が泣く・名に不相応の反対の意味として使われます)

역시 황새야 다 해먹어라
やっぱファンセだな 全部やっちまえよ
다 해먹다 の 『먹다 モクダ』は食べる、という意味で基本的に使われますが、前の動詞を否定的な場面で強調する役割もします。(収益や利益を得ることやある同級・点数を取ること、横領することを指すこともあります)
『해먹다 ヘモクダ』は、この場合で、(何かを)やる、するという意味の『하다 ハダ』を強調し、不正な方法で何か利益を得ることを指します。
ニュアンスを伝えるのが難しいですが、全部やれるんでしょ?やれば?wみたいな意味です。

역시 황새야 황새야
やっぱファンセだな ファンセだな

 

[Refrain: J-Hope & Rap Monster]

They call me 뱁새
They call me ベプセ

욕봤지 이 세대
苦労したな この世代

빨리 chase ‘em
早く chase ‘em

황새 덕에 내 가랑인 탱탱
ファンセのおかげで俺の股はパンパン

So call me 뱁새
So call me ベプセ

욕봤지 이 세대
苦労したな この世代

빨리 chase ‘em
早くchase ‘em

금수저로 태어난 내 선생님
金さじで生まれた俺の先生


[Verse 3: Suga]

난 뱁새다리 넌 황새다리
俺はベプセの足 お前はファンセの足

걔넨 말하지 ‘내 다린 백만 불짜리’
あいつらはいう「俺の足は100万ドルの足」

내 게 짧은데 어찌 같은 종목 하니?
俺のは短いのに一体どうやって同じ種目で競うの?

They say ‘똑같은 초원이면 괜찮잖니!’
They say「同じ草原ならいいじゃんか!」

Never Never Never

 

[Pre-Hook: Rap Monster]

룰 바꿔 change change
ルールを変えろ change change

황새들은 원해 원해 maintain
ファンセ達は求む 求む maintain

그렇게는 안 되지 BANG BANG
そうには行かないよ BANG BANG

이건 정상이 아냐
これは当たり前じゃない

이건 정상이 아냐
これは当たり前じゃない

 

[Hook: V & Jimin]

아 노력노력 타령 좀 그만둬
あ、努力努力云々ちょっとやめてくんない?

아 오그라들어 내 두 손발도
あ、縮こまってしまうじゃん俺の両手足も

아 노력 노력 아 노력 노력
あ、努力努力 あ、努力努力

아 노랗구나 싹수가
あ、黄色く枯れてるじゃん苗が

역시 황새!
やっぱファンセ!

노력타령 좀 그만둬
努力云々ちょっとやめてくんない?

아 오그라들어 내 두 손발도
あ、縮こまってしまうじゃん俺の両手足も

아 노력 노력 아 노력 노력
あ、努力努力 あ、努力努力

아 노랗구나 싹수가
あ、黄色く枯れてるじゃん苗が

(역시 황새야)
(やっぱファンセじゃん)

 

[Bridge: Jungkook & Rap Monster]

내 탓이라니 너 농담이지
俺のせいってお前冗談してる?(ふざけるな)

공평하다니 oh are you crazy
公平だって oh are you crazy

이게 정의라니
これが正義だなんて

You must be kiddin' me!

You must be kiddin' me

You you must be kiddin' me!

 

[Hook: V & Jungkook]

아 노력노력 타령 좀 그만둬
あ、努力努力云々ちょっとやめてくんない?

아 오그라들어 내 두 손발도
あ、縮こまってしまうじゃん俺の両手足も

아 노력 노력 아 노력 노력
あ、努力努力 あ、努力努力

아 노랗구나 싹수가
あ、黄色く枯れてるじゃん苗が

(역시 황새!)
(やっぱファンセ!)

노력타령 좀 그만둬
努力云々ちょっとやめてくんない?

아 오그라들어 내 두 손발도
あ、縮こまってしまうじゃん俺の両手足も

아 노력 노력 아 노력 노력
あ、努力努力 あ、努力努力

아 노랗구나 싹수가
あ、黄色く枯れてるじゃん苗が

 

[Verse 4: Jin & Jimin]
우린 뱁새야 실망 안 시켜
我々はベプセだよ 失望させない(期待を裏切らない)

우린 뱁새야 이름값하네
我々はベプセだよ 名の値をする(名に相応しい、名が泣かない)

우린 뱁새야 같이 살자고
我々はベプセだ 一緒に生きていこうぜ

우린 뱁새야 뱁새야
我々はベプセだ ベプセだ

 

[Refrain: Suga & J-Hope]

They call me 뱁새
They call me ベプセ

욕봤지 이 세대
苦労したな この世代

빨리 chase ‘em
早く chase ‘em

황새 덕에 내 가랑인 탱탱
ファンセのおかげで俺の股はパンパン

So call me 뱁새
So call me ベプセ

욕봤지 이 세대
苦労したな この世代

빨리 chase ‘em
早くchase ‘em

금수저로 태어난 내 선생님
金さじで生まれた俺の先生

BTS 防弾少年団 『Dionysus』 歌詞 和訳

タイトル「ディオニューソス」の説明

 

ディオニューソスは、ギリシャ神話のブドウ酒と酩酊、狂気、宴の神様です。

 

韓国語で「芸術」は『예술 イェスル』で、酒は『술 スル』と言います。
これにかけて、この曲では芸術も一種の酒、と描写をしております。

 

また、「芸術も酒で、飲めば酔う」というところで、BTSが自分たちのことを「芸術をいう酒の神様」と描写したの曲、と思われます。

 

[ディオニューソス(古希: ΔΙΟΝΥΣΟΣ, Διόνυσος, Dionȳsos)は、
ギリシア神話に登場する豊穣とブドウ酒と酩酊の神である。
ゼウスとテーバイの王女セメレーの子。この名は「若いゼウス」の意味(ゼウスまたはディオスは本来ギリシア語で「神」を意味する)。
オリュンポス十二神の一柱に数えられることもある。
聖獣は豹、虎、牡山羊、牡牛、牡鹿、蛇、イルカ、狐、ロバで、聖樹は葡萄、蔦であり、先端に松笠が付き葡萄の蔓や蔦が巻かれたテュルソスの杖、酒杯、豊穣の角もその象徴となる。

その後、ディオニューソスは、ブドウ栽培などを身につけて、ギリシアやエジプト、シリアなどを放浪しながら、自らの神性を認めさせるために、信者の獲得に勤しむことになる。彼には踊り狂う信者や、サテュロスたちが付き従い、その宗教的権威と魔術・呪術により、インドに至るまで征服した。また、自分の神性を認めない人々を狂わせたり、動物に変えるなどの力を示し、神として畏怖される存在ともなった。

こうして熱狂的な信者を獲得し、ディオニューソスは世界中に自分の神性を認めさせた。更に、冥界へと通じるとされる底無しの湖に飛び込んで、死んだ母セメレーを冥界から救い出し、晴れて神々の仲間入りをしたという。]

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%82%B9 より

 

また、ディオニューソス2回の生を受けたことで有名です。人間に生まれましたが、旦那のゼウスが浮気をして子供を産んだことを妬んだ妻の女神、へーラーの呪いで1回殺され、2回目の生では神として蘇りました

ギリシャ神話の中で、人間が神様になったのは、ごく稀です。

 

蛇足ですが、韓国の90年代生まれが小学生頃の時、「漫画で読むギリシャローマ神話」という漫画シリーズが韓国全国で流行り、BTSがこの年齢代に該当するのも、曲のモチーフと関係あるのではないかと思います。

BTSは、いつも同世代に向けたメッセージを伝えている、と考えられるためです。

 

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[Intro: J-Hope, V]

쭉 들이켜, 술잔 (Sippin’), 팔짱 (Tippin’)
ぐいっと飲め、盃 (Sippin’)、腕組み(Tippin’)
『술잔 スルザン』『팔짱 腕組み』にかけたライムで、また傲慢な神様の姿勢を表していると思われる

(한 입) 티르소스 (Grippin’) 포도 (Eatin’)
(一口) テュルソス(Grippin’) 葡萄 (Eatin’)

쭉 들이켜, 분위기 (Keep it), D style (Rip it)
ぐいっと飲め、雰囲気(Keep it)、D style (Rip it)

(한 입) 여기 (Kill it), let’s steal it, the illest
(一口) この場 (Kill it)、let’s steal it, the illest

 

 

[Verse 1: RM]

그냥 취해 마치 디오니소스
ただ酔え、まるでディオニューソス

한 손에 술잔, 다른 손에 든 티르소스
片手には盃、もう片手にはテュルソス

투명한 크리스탈 잔 속 찰랑이는 예술
透明なクリスタルの盃の中揺らぐ芸術

 

예술도 술이지 뭐, 마시면 취해 fool
芸術もただの酒、飲めば酔う fool

You dunno, you dunno

You dunno, what to do with

내가 보여줄게 난 전혀 다른 걸 추진
俺が見せるよ 俺は全く別のものを推進

아이비와 거친 나무로 된 mic
アイビー(≒蔦)と粗い木でできたmic
マイクをテュルソスに比喩していると思われます

절대 단 한 숨에
絶対たった一息で

나오는 소리 따윈 없다, woo
出る声なんてない、woo

 

[Refrain: Jimin, J-Hope, Jungkook]

해가 뜰 때까지 where the party at?
日が昇るまで where the party at?

잠이 들 때까지 where the party at?
眠るまで where the party at?

Sing it 불러 다시, drink it 마셔 다시
Sing it 歌えまた、drink it 飲めまた

우린 두 번 태어나지
俺らは二回生まれる
ディオニューソスは2回目の生で神様となりました

 

 

[Pre-Chorus: Jin, J-Hope]

쭉 들이켜 (창작의 고통)
ぐいっと飲め(創作の苦痛)

한 입 (시대의 호통)
一口(時代の怒鳴り)

쭉 들이켜 (나와의 소통)
ぐいっと飲め(俺自身との疎通)

한 입 (Okay, now I’m ready fo sho)
一口 (Okay, now I’m ready fo sho)

 

[Chorus: V, Jimin, J-Hope]

다 마셔 마셔 마셔 마셔 내 술잔 ayy
皆んな 飲め 飲め 飲め 飲め 我が杯 ayy

다 빠져 빠져 빠져 미친 예술가에
皆んな 酔え 酔え 酔え 狂った芸術家へ

한 잔 (One shot), 두 잔 (Two shots)
一口 (One shot), 二口 (Two shots)

예술에 취해 불러 옹헤야
芸術に酔って歌えオンヘヤ
オンヘヤとは、韓国において、日本の歌舞伎の大向こうの一種に該当することで、意味はない、燃え上がらせるための声かけです。

 

 

[Chorus: Jimin, J-Hope, Jungkook]

다 마셔 마셔 마셔 마셔 내 술잔 ayy
皆んな 飲め 飲め 飲め 飲め我が杯 ayy

다 빠져 빠져 빠져 미친 예술가에
皆んな 酔え 酔え 酔え 狂った芸術家へ

한 잔 (One shot), 두 잔 (Two shots)
一口 (One shot), 二口 (Two shots)

꽹과리 치며 불러 옹헤야
ケンガリを打ちながら歌えオンヘヤ
ケンガリは鉦のような韓国の伝統楽器です

 

 

[Post-Chorus: Suga, Jungkook, Jimin]

술잔 (Sippin’), 팔짱 (Tippin’)
ぐいっと飲め、盃 (Sippin’)、腕組み(Tippin’)

티르소스 (Grippin’) 포도 (Eatin’)
テュルソス(Grippin’) 葡萄 (Eatin’)

쭉 들이켜, 분위기 (Keep it), D style (Rip it)
ぐいっと飲め、雰囲気(Keep it)、D style (Rip it)

여기 (Kill it), let’s steal it, the illest
この場 (Kill it)、let’s steal it, the illest

 

 

 

[Verse 2: V, Jungkook]

난 지금 세상의 문 앞에 있어
俺は今世界の門の前にいる

무대에 오를 때 들리는 환호성
ステージに上がる時聞こえる歓声

Can't you see my stacked broken Thyrsus?

이제 난 다시 태어나네 비로소
今俺は再び生まれるやっと

 

 

[Verse 3: J-Hope]

When the night comes

Mumble, mumble, mumble

When the night comes

Tumble, tumble, tumble

Studio를 채운 저음 저음 저음
スタジオを埋める低音 低音 低音

Bass drum goes like 덤덤덤 (Yeah)
Bass drum goes like ドムドムドム (Yeah)
ドムドムドムを韓国語で『덤덤하다 淡々としている』もしくは『덤 おまけ』と解釈される方もいますが、私はあくまで擬音語だと思っております。

 

 

[Refrain: Jimin, RM, Jungkook]

해가 뜰 때까지 where the party at?
日が昇るまで where the party at?

잠이 들 때까지 where the party at?
眠るまで where the party at?

Sing it 불러 다시, drink it 마셔 다시
Sing it 歌えまた、drink it 飲めまた

우린 두 번 태어나지
俺らは二回生まれる

 

 

[Pre-Chorus: V, RM]

쭉 들이켜 (창작의 고통)
ぐいっと飲め(創作の苦痛)

한 입 (시대의 호통)
一口(時代の怒鳴り)

쭉 들이켜 (나와의 소통)
ぐいっと飲め(俺自身との疎通)

한 입 (Okay, now I’m ready fo sho)
一口 (Okay, now I’m ready fo sho)

 

 

[Chorus: Jimin, J-Hope]

다 마셔 마셔 마셔 마셔 내 술잔 ayy
皆んな 飲め 飲め 飲め 飲め我が杯 ayy

다 빠져 빠져 빠져 미친 예술가에
皆んな 酔え 酔え 酔え 狂った芸術家へ

한 잔 (One shot), 두 잔 (Two shots)
一口 (One shot), 二口 (Two shots)

예술에 취해 불러 옹헤야
芸術に酔って歌えオンヘヤ

 

 

[Chorus: Jin, Jimin]

다 마셔 마셔 마셔 마셔 내 술잔 ayy
皆んな 飲め 飲め 飲め 飲め我が杯 ayy

다 빠져 빠져 빠져 미친 예술가에
皆んな 酔え 酔え 酔え 狂った芸術家へ

한 잔 (One shot), 두 잔 (Two shots)
一口 (One shot), 二口 (Two shots)

꽹과리 치며 불러 옹헤야
ケンガリを打ちながら歌えオンヘヤ

 

[Bridge: Suga]

우리가 떴다 하면 전세계 어디든지 stadium party, ayy
俺たちが出れば全世界どこでも stadium party, ayy

Kpop 아이돌로 태어나 다시 환생한 artist, ayy
K-POPアイドルに生まれ蘇った artist, ayyy

다시 환생한 artist, ayy, 다시 환생한 artist, ayy
蘇った artist, ayyy、蘇った artist, ayyy

 

내가 아이돌이든 예술가이든 뭐가 중요해? 짠해
俺がアイドルでも芸術家でも何がそんな重要なの?乾杯

예술도 이 정도면 과음이지 과음, yeah
芸術もここまでなら飲み過ぎよ飲み過ぎ、yeah

새 기록은 자신과 싸움이지 싸움, yeah
新記録は自分との戦いだよ戦い, yeah

축배를 들어올리고 one shot
祝杯をあげて one shot

허나 난 여전히 목말라, what
しかし俺の喉はまだ乾いている, what

 

 

[Break: RM]

You ready for this?

Are you ready to get hyped up?

Come on

 

[Chorus: Jimin, Jungkook, J-hope]

다 마셔 마셔 마셔 마셔 내 술잔 ayy
皆んな 飲め 飲め 飲め 飲め我が杯 ayy

다 빠져 빠져 빠져 미친 예술가에
皆んな 酔え 酔え 酔え 狂った芸術家へ

한 잔 (One shot), 두 잔 (Two shots)
一口 (One shot), 二口 (Two shots)

예술에 취해 불러 옹헤야
芸術に酔って歌えオンヘヤ

 

 

[Chorus: Jin, V, Jhope]

다 마셔 마셔 마셔 마셔 내 술잔 ayy
皆んな 飲め 飲め 飲め 飲め我が杯 ayy

다 빠져 빠져 빠져 미친 예술가에
皆んな 酔え 酔え 酔え 狂った芸術家へ

한 잔 (One shot), 두 잔 (Two shots)
一口 (One shot), 二口 (Two shots)

꽹과리 치며 불러 옹헤야
ケンガリを打ちながら歌えオンヘヤ

 

 

[Post-Chorus: Jungkook, RM, Jimin]

술잔 (Sippin’), 팔짱 (Tippin’)
ぐいっと飲め、盃 (Sippin’)、腕組み(Tippin’)

티르소스 (Grippin’) 포도 (Eatin’)
テュルソス(Grippin’) 葡萄 (Eatin’)

쭉 들이켜, 분위기 (Keep it), D style (Rip it)
ぐいっと飲め、雰囲気(Keep it)、D style (Rip it)

여기 (Kill it), let’s steal it, the illest
この場 (Kill it)、let’s steal it, the illest

 

 

[Outro: Jungkook, J-Hope, Jin]

술잔 (Sippin’), 팔짱 (Tippin’)
ぐいっと飲め、盃 (Sippin’)、腕組み(Tippin’)

티르소스 (Grippin’) 포도 (Eatin’)
テュルソス(Grippin’) 葡萄 (Eatin’)

쭉 들이켜, 분위기 (Keep it), D style (Rip it)
ぐいっと飲め、雰囲気(Keep it)、D style (Rip it)

여기 (Kill it), let’s steal it, the illest
この場 (Kill it)、let’s steal it, the illest